続・プチトリ!4


湿った暖かいものから慌てて距離を取り、眩む視界を必死に瞬きして焦点を合わせると、小十郎は自分が見知らぬ部屋に立っている事に気が付いた。
他人の生活臭がするこの部屋自体がまず誰の部屋か分からなく、更に部屋の造り、置いてある家具、そのすべてが見知らぬ物ばかりだ。
荒くなっている息を整え自分の装備を見下ろすと、着慣れた農作業用の軽装を身に纏っていて、そうだ、自分は城の離れにある農園で作業をしていたのだった、とここに来る前の自分の行動を思い出した。
この眩暈は熱中症だろうか。朝が早いと思って舐めてかかっていた。
じんじんと疼く目の玉の奥の痛みにクッと眉間に皺を寄せていると、腰元から小さな声がして小十郎はピクリと肩を揺らした。そうだ、人がいる事を失念していた。

「っ、お前、」

思わず身構えた小十郎だったが、そこに横たわっていたのがしばらく前に松永の牢で出会った『まこと』という名の少年なのに気が付くと、僅かに肩の力を抜きムッと口元をへの字に歪ませる。
この少年に関して、散々な記憶しかない。
まず、出会いからして松永の牢という事で最悪であったし、その後も言葉を交わす事なく、初対面の貧弱なこの少年に身動きできなかったとはいえいいように犯された。
更にそんな事をされたというのに僅かに情が沸いてしまった所を松永本人に覗かれ、あの後も何度か顔を合わせたが「白百合の精とはその後あいま見えたかね」と小ざかしくからかわれる始末だ。
白百合の精というのは、こいつの血が白かった為に付いた呼び名なのだろう。
袈裟懸けに切られ、どんどんと死相を濃くする中、切なそうに「ごめんなさい」と謝られた。
なんて寝覚めが悪い死に方をしやがる、しっかりしろ、と名を呼べば、今度はほっとしたように笑って、そして消えてしまった。
まるで少年の姿など元からなかったかのように、パッとその死に体の身体がなくなってしまったのだ。
松永の堪えることのない癪に触る笑い声が響く部屋、床に巻き散らかされた唯一残った白い体液が行燈の明かりに照らされ、確かに白百合が舞い散ったようにも見えた。
影もなく、血も尋常な色ではなく、あの傷を受けてもこうして顔色良く暢気に寝ていられるとなると確かにこいつは物の怪の類なのだろう。もしやまことに白百合の精かもしれない。
だが、またなんでここでこいつに会うのだ、見た事のないもの溢れかえったここは物の怪の巣なのか、自分は熱中症で倒れた所を拐かされたのか、一体どうなっているのか、と先ほどまでとは違う種類の頭痛に襲われ、小十郎は益々眉間に深い皺を刻み込んだ。


こちらの煩悶にも気付かず、昏々と眠り続けているまことを揺り起こそうと薄い肩に手を置くと、その体が熱を持っているのに気が付いた。
物の怪でも風邪を引くのか、とどこか感心しつつ、汗で額に張り付いた髪をはがしてやっているとまた小さく声を上げ、いやいやと体を捩る。
悪い夢でも見ているのだろうか。魘されて苦しそうに身を捩る姿は、しかしどこか小十郎の心を揺さぶった。

「・・・何を考えているんだ俺は」

自分に圧し掛かり、腰を振りたくっていた白い身体を思い出す。
ご褒美だから、ご褒美なの、と自分にも言い聞かせるように呟きながら、男の一物を見ると隠し切れない笑みを浮かべていた。
その淫蕩な笑みも、固く持ち上がってしまった己自身を包み込んだ肉の壁も、頬に擦り付けられた胸の突起も、すべてが温かく、柔らかく、淫靡だった。
今目の前で寝る顔はあの時と同じようにぽうっと上気しているが、どこか抜け切らない子供臭さが残る寝顔で、小十郎は自分の邪な回想を振り払うように首を振ると落ちてきた前髪を掬い撫で付ける。

「熱いな・・・」

触れた額は常よりも熱く、熱がこもっている様だった。
冷えた井戸水でも浴びたい、こいつもこんなに汗を掻いて、目を覚ましたら水を欲しがるだろう。
家捜しもかねて水場を探しに行こうか、と部屋から出る扉を探していると、大人しかったまことがまたうぅ、あぅう、と呻き声を上げた。

「・・・おい、おい、大丈夫か?」

胸を掻き毟るその苦しみように思わず近寄ると、「イヤ、ヤメテ、」と食いしばった口元から声を漏らし、縋るように手を伸ばされた。
ふるふると健気に伸ばされる小さな手を掴み、ぎゅう、と握ってやったのも、ついつい、思わずの事だった。

「おい、まこと、おい」

ひどい魘され方だ。どんな夢を見ているのだろうか。
イヤイヤと首を振る度こめかみに流れる汗を拭ってやり、頬にも張り付いた髪を指先ではがし、赤く染まった耳に掛けてやる。
自分よりも熱い額を撫で、低くそっと名前を呼び、力なく自分の手に縋る手の甲を指先で擦り続けていると、カッカと熱く、じんわりと湿った手の平がそっと自分の手を握り返してきたのがわかった。

「・・・起きたか?」

その手を小十郎も握り返すと、まことは胸を震わせてほう、と小さなため息を吐きゆっくりと目を開けた。
熱で蕩け、夢うつつで潤んでいる瞳は、それでもまだ子供らしい。
きょとん、とこちらを見返している瞳の中に、意外にも心配そうな顔をしている自分が写り、小十郎は『こいつは物の怪だ、こいつに何をされたか忘れるな』と自分を戒め、慌ててグッと表情を引き締めた。
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