続・プチトリ!1


小十郎は酷い眩暈と頭痛にゆっくりと目を開けた。
視界がぼんやりとしていて、自分がどこにいるのか理解が出来ない。瞳に力を入れようとするとズグン、と痛む頭に思わずぎゅうと目を瞑る。
先ほどまで己は何をしていたのだろうか。目を閉じていても眩暈を感じるとはどういう了見なのだ、と瞼の裏でぐるぐる回る闇にこみ上がる吐き気を堪え、それでもついよろりとよろめいて、慌てて手を付いた先には何か湿った暖かいものが転がっていた。



今日は前々から宝野家で議題となっていた、幸村の初めてのアルバイトの日だった。
数日前、三人で夕食を食べている時、ふいに幸村がちゃぶ台をひっくり返す勢いで「某、明日からこの『あるばいと』で働きとうござる!」と掲げたのは新聞の求人折込み広告で、『誰にでも出来る簡単なお仕事です』という文字が躍る箇所すべてに朱墨で丸がついていた。
まことと佐助は箸を持ったまま呆然とその広告を見つめ、『テレフォンレディー急募!』の箇所にまで至ったその丸印に気付くとお互い顔を見合わせて「あ、あはー・・・また旦那は・・・どうしようか・・・」「ど、どうしましょう・・・」と額にたらりと汗を流す。
まことが毎日学生の仕事である勉強をしに学校に行くのは仕方ないとしても、自分と同じくこちらの世界に飛ばされてきた佐助が非合法のようだが仕事をしているのに、何やら罪悪感のようなものを覚えるらしい。

「俺様は旦那に仕えてる身なんだから気にしなくていいんだってば!ってゆうか大人しくしててくれる方がよっぽど俺様とまこちゃんのタメになるんだけど!」
「幸村さん、本当は偉い人なのにたくさん家事手伝ってくれて・・・毎日感謝しています!悪いと思っているのはこっちのほうです!」

しかし二人の説得にも幸村は「こちらの世では身分が上の立場になる程忙しく働くと聞く!二人が働いているというのに某は毎日このていたらく・・・!某も働きたいでござる!『誰にでも出来る簡単なお仕事です』と書いてある!それならば某にも出来るはずだ!」と一歩も譲らない。
その日は『テレフォンレディー』や『パソコンデータ入力』の意味を教えると「むむぅ」と低く唸って大人しくなった幸村だったが、翌朝居間に下りたまことが朝一番に見たものは、背筋をピン、と伸ばして新聞の折込み広告を一枚一枚吟味している幸村の姿だった。
そんな姿を朝一番に見る日々が続き、佐助の「働きはじめたら今までよりもまこちゃんと一緒にいる時間、減っちゃうんじゃないの?」という言葉にも一瞬ハッとしたものの「承知の上だ!」と力強く頷かれ、とうとう折れたまことと佐助は無言の抗議を続ける幸村の背中の肩越しに『日雇い倉庫仕分け作業、誰にでも出来るとっても簡単なお仕事です!』と書かれたチラシを渡してやった。

「条件として、俺様も付いていくからね!」
「うむ!佐助、すまんな!」
「頑張ってください!僕、お弁当作ります!」
「おお!まこと殿、忝い!」

幸村は天井に拳を突き出し「御館様あああああ!この幸村、見事あるばいとをこなしてみせまするぞおおお!」と、どこか覇気のなかった瞳を打って変ってキラキラと煌かせながら雄叫びを上げる。
そんな幸村を微笑ましく見つめながら、まぁ実は俺様のお仕事関係なんだけどね、とまことにウィンクを飛ばして口の端をニコリと上げる佐助に、どんな倉庫で何を仕分けするのだろうか・・・とまことは一瞬頭に過ぎった恐ろしい想像をプルプルと首を振ってごまかした。

チラシに次の連休にその仕事があると書いてあるのを見つけた時は少しだけ肩を落としたが、「お休みなので頑張ってお弁当作ります!」と笑顔を向けてくるまことに、再び肩だけではなく気分も直角に上昇し、おかずは何かいいか、仕分けとはどんな仕事なのだろうか、と本日の朝までわいのわいのと幸村は興奮し、まことも佐助もつられていつもより忙しなく、はしゃぎ気味な数日間を送ってしまった。
不器用なまことの作った弁当は佐助の手を借りてなんとか形になったようなものだったが、それでも幸村は涙を流す勢いで感動し、「食べてしまうのがもったいない、が、せっかくまこと殿に作っていただいた弁当を食べないわけにも・・・!」と玄関で打ち震わせる背中を佐助に押されつつ、「もー旦那、遅刻するって!さっさと行くよ!・・・んじゃ、まこちゃん行って来ますのちゅー・・・んぐあっ?!だ、旦那、ひどいぜ・・・」と唇を伸ばした橙色の頭に拳を一つ落とし、「・・・まこと殿・・・。身勝手な願いなのだが、某が無事にあるばいとをこなせる事を祈ってくださったら・・・!っく!では、行ってまいる!うおおおおおおお!」と慌しく家を飛び出していった。

そんなこんなな幸村の記念すべき初出勤はてんてこまいのおおわらわだったので、まことは朝起きた時から感じていた軽い眩暈、ジンジンと関節が疼くような寒気を二人に伝えることができなかった。
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