森物語1

慶次は最近森のはずれに越して来た子リスの噂を聞き、木々の梢を器用に両手と長い尾っぽで掴み伝いながら、いそいそと森の中を突っ切ってゆく。
北の湖で会った2匹の白鳥が言っていた。

「ちいさくまるい、ふわふわしたかわいらしいいきものでした」
「別にっ!・・・別に私はかわいいなんて思っていないんだからな!べ、別に、持ってかえってずっと撫でていたいだなんて・・・!」

紐に通し首飾りにされた、餞別にもらったという大きなクルミを白く長い羽先でくるくるいじりながら頬を染めて白鳥が言い訳がましく呟く。
その子リスは前歯が小さく、なかなかクルミの殻が割れないらしい。
そ、そんなに見たいのか!仕方のない猿だな!と金色の睫を瞬かせながら恥ずかしげに、しかしどこか自慢げに見せられたクルミには小さな歯型がいくつかついていた。
この2匹がここまで入れ込み「かわいいかわいい」というのなら、本当にその小リスはかわいいのだろう。
慶次の好奇心がわくわくと疼き、気が付いたらねぐらを飛び出していたのだ。



「おっと、土産の一つでも持っていかなきゃかね」

もうすぐ目的の森のはずれだ。
眼下に野苺の茂みを見つけ、慶次は掴んでいた小枝を離すとひょおいと風をきりながら地を目指す。
こんもりとした茂みにたくさんの野苺がなっているのを横目で見て、よしよし、と思いながらたんっと地面に足を付いたと同時に「ひゃ」とすぐそばから小さな声があがり、慶次は慌てて視線をそちらに向けた。

足元に、小さくて丸くてふわふわしたものが転がっている。

「おっと!わりぃわりぃ、驚かせちまったか・・・な?」

慶次の膝程度の大きさの丸くてふわふわしたものは、ふるりとひとつ震えると、「だ、だいじょうぶです」とどこが顔だかもわからない薄茶色の毛玉の中から小さなかわいい声を出す。
そのままもぞもぞ、ふわふわ、と動くそれに、慶次の視線もゆらゆらと揺れ、一体これは何だろうと興味をそそられじり、とひとつ足を進めた。
近づくとその毛玉から甘い野苺の香りが漂っていることに気が付いた。
そういえば周りにはこれまた小さな籠といくつかの野苺が散らかっているのにも気付き、慶次は自分のせいかと申し訳なさに長い尻尾を丸め「せっかく摘んだのに邪魔しちまって、本当にごめんな」とどこがどうなっているのかもわからない毛玉に手を貸そうとそっと指先を伸ばした。瞬間、全身の毛が逆立つような快感がそこから流れ込んでくる。

「わ、すっげ・・・」

そのふわふわの毛は今まで触れた何よりも柔らかく、吸い付くような手触りだった。
なんだこれ・・・!すっげぇなぁ!と慶次が瞳を輝かせながら夢中でわしわしと毛玉を撫でているとぱふりと毛並みが割れ、そこから白く小さな顔が現れた。

「ぷわ、いえ、いいえ!僕こそ着地の邪魔して、ごめんなさ・・・い・・・」

くるりんと潤んだ黒目がちの瞳が、慶次のきりりと切れ長だけれども優しい色をした瞳とぶつかり合い、お互いしばし見つめ合う。

「・・・うっわー、かっわいいなぁ!あ!ねぇ、あんたもしかして噂の子リスちゃん?」

永遠に続いてしまいそうな沈黙をやぶったのは慶次の底抜けに明るいため息で、慶次はその子の朱色に染まった顔を覆い隠している毛玉に縦じまの模様があるのを見つけ、このふわふわはこの子の尻尾で、きっとこの子があの2匹が言っていた子リスに違いない!と確信を持つ。
よくよく見れば、なんて大きな尻尾だ。
小さな尻からクルリと円を描くように生えた尾は、肩から腰あたりまでまるでたすきのようにかかっている。
伸ばしたらこの子の身長より長いだろうその尻尾は毛も長く、小柄なこの子にはずいぶんと重たそうだ。

「っ、・・・う、うわさ?僕、リスですけど・・・うわさってなんでしょう?」

は、と慶次の声に我に返り、子リスはきらめく慶次の瞳から目を反らしてにぎにぎと恥ずかしそうに尻尾を揉む。

「かわいい子リスちゃんが森のはずれに越してきたーって、今森じゃ噂になってんのさ」

「かわいい」という言葉にぷるる、と三角の耳を震わせ、「そのリスって、僕じゃないと思いますっ!」と子リスは益々頬を赤らめる。

「北の湖で白鳥に会ったろ?そいつらも言ってたぜ?小さくて丸くてふわふわでかわいいって」

とうとう尻尾の中に真っ赤に染まった顔を突っ込んでしまった子リスに、慶次は『なんてこった!中身までもかわいらしいじゃないか!』と心の中で万歳三唱をする。

「・・・ぼっ・・・僕なんて、全然・・・尻尾がみんなより大きくて、毛も多いから重くて、よく尻もちついちゃうんです!だから木も上手に登れないし・・・歯・・・前歯だって、すごくちっちゃくて・・・!だから、だからみんなにばかにされて、前の森にいづらくなって・・・この森に引っ越してきたんです・・・」

「かわいいなんて・・・そんな事・・・言われた事、ないで、す」と最後には涙混じりの鼻声になってしまった子リスに、慶次は不思議そうな顔をして「そう?そのでかい尻尾、ものすごくかわいいぜ?」とまたその毛並みに手を伸ばす。
見目も、中身もこんなにかわいらしく、この手触りは極上だ。

「うん、どこもかしこも文句なし!自分じゃわからないわけ?この尻尾、ホント気持ちいいぜ?!」

もふもふ、とついには尻尾に顔をうずめてしまった慶次に、しかし子リスはぴくりとも動けずただただ慶次が言った言葉を反芻していた。

『そのでかい尻尾、ものすごくかわいいぜ?』

そんな事、初めて言われた。今までは大きな尻尾を笑われ、からかわれ、嫌な思いばかりしてきたのだ。
北の湖で会った白鳥達はこんな自分にも優しく接してくれたが、こんなにもまっすぐな言葉をもらったのは初めてだった。

『このお猿さんおかしい。僕の事かわいいって・・・』

しかし頬が熱を持つのは止められなかった。
女の子に言うような言葉だが、自分を肯定されるのがこんなにも心地よいなんて。
頬に集まった熱がじわじわと目元に移り、ツン、と鼻の奥が痛くなってくる。
はじめて会ったお猿さんの前なのに、泣いてしまったらかっこ悪い。と小さな前歯でぐっと唇を噛み締めた時、コツン、と額に何かが当たり、子リスは顔を上げる。
すぐ傍に、毛並みをかき分けてきた慶次の満面の笑みがあった。

「はは、見つけた!・・・って何?なんで泣いてんの?!」

ぱふ、と慶次の大きな手も毛並みにもぐりこみ、赤く涙がにじんでいる目元をそっと撫でてゆく。
心配そうに見つめてくる瞳は相変わらずキラキラときらめき、頬を撫でる手は大きく暖かく、そのすべてが自分の寂しい心をじんわりと温めてゆくようだった。
とうとうぽろぽろと涙を流し始めた子リスに慶次は一瞬目を見開いて、しかしやっぱりきらめく笑顔をすぐに浮かばせ零れ落ちる涙を拭い取ってくれる。

「・・・なあ、子リスちゃん。俺慶次って言うんだけど、子リスちゃんの名前教えてくれよ」

「けいじ、さん・・・」

「ああ、こっち越してきたばかりだろ?色々俺が教えてやるぜ!」

一番大きなどんぐりがなる木、甘い桃がなる木、小さな花がたくさん咲いて陽があたる昼寝に最高な丘、しかし越して来たばかりでこの野苺の茂みを見つけるとは、意外に鼻が利くのかもしれない。
今まで秀吉にも秘密にしていた自分のお気に入りの場所に、この子と一緒に遊びに行ったらどんなに楽しいだろうかと慶次は胸を躍らせた。

「ああそうだ、この近くに蜂蜜が取れる場所があるんだよ!蜂蜜、食ったことある?俺が取ってやるから一緒にいこうぜ!・・・ああ、尻尾が重いんだっけ?どれ、よいしょっと、・・・ってなんだ、ものすごく軽いじゃないか!」

慶次は自分の提案に夢中になり、子リスの返事も聞かずにひょいと片手で彼を抱き上げると一足飛びに木を駆け上がる。

「ひゃ?!けいじさ、あの、あの・・・っ!僕の名前、」

「子リスちゃん、口閉じてないと舌噛むぜぇ!」

そのままぴょい、と枝を飛び、子リスは初めて感じる腹の中が浮くような感覚にひぃ、と叫んで慶次の高く髪を結わえた頭にしがみつく。
子リスは慶次に会ってから感じることすべてが何もかもが始めてで、ずっとどきどきしっぱなしだった。

『慶次さんといたら、何か新しい事が始まる気がする・・・』

頬に擦れるその髪から季節はずれの桜の匂いを感じ、子リスはもっと怖がるふりをして、そっとその頭を抱きしめた。
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