プチトリ!12


「結構、結構・・・いやはや、竜の右目の恋が咲く瞬間をまさかこの眼で見られるとは」

ボッと重い音がして部屋が明るくなり、まことは慌てて声がしたほうに顔を向ける。
いつの間にか壁に掛かっていた蝋燭に灯がともり、部屋の隅にはその赤い光に照らされながら不敵に笑う壮年の男性が立っていた。

「ぁ・・・その・・・っ、」
「・・・ぐっ!─っ!っ!」

この部屋の主なのか。この人も佐助さんの知り合いなのか、自分も男の人もこんなにはしたない格好をしてしまって、どう挨拶しよう、と頭を悩ませていると、まことを膝に乗せた男が、ギシッ、と体を軋ませながらもその男性に飛び掛ろうと体を揺すり、低く唸る。
その豹変振りにまことはごくりと息を飲み、そういえばこの縄を取ってあげると言ったのを思い出した。
男と男性が睨みあう緊迫した空気の中、まことはそろりそろりと男の背後に回ろうと四つんばいになって移動をしようとした。

「ふむ、吠えるか。・・・それにしても・・・」

しかし、壮年の男性が低い声で笑いながらまことに視線を移した瞬間、体が重くなり思うように手足が動かなくなる。

「ぁ・・・っ・・・や・・・」

怖い、と思った。
頬に傷のある強面の男の人に睨まれるよりも、この紳士的な和服の男性に見つめられるほうが怖いなんて、いったいどういうことだろう。
ブルブルと手足が震え、それ以上体を動かせなくなったまことに男性は一歩一歩、近づいてくる。

「卿は、どこの者だね。面白いモノを見せてもらった礼を返さねば」

ゆら、と揺れる蝋燭の火が男性の影を不安定に揺らして壁に不思議な模様を描く。

「─っ!っ!っ!!」

隣の男の人が何かを叫ぶが、まことの耳には何も聞こえない。
ただただ怖くて体が、思考が動かない。
自分まであと数歩、という所まで男性が近づいてきた時だった。
自分と男性の間になにか黒いものが現れた。

「如何した、風魔よ」

壮年の男性は驚いたようでもなく、少しだけ気分を害した声で黒い風に問いかける。
黒い風のように見えたそれが人の形をしているとまことが気付いた時には、首筋に刃物を押し当てられていた。

「──っ、ひ、う、」
「・・・」

ぼろ、と瞳に浮かんでいた涙を零したまことを気にした風もなく、刃物を押し付けてくる全身黒尽くめの人は、ス、と一度まことと壁を指差した以外は身動きをしなくなった。
壮年の男性は何度かまことと壁を見比べて、そうしてにんまりと楽しそうな笑みを刷く。

「これはこれは・・・卿はヒトではないのか」

ゆらゆらと炎が揺れる部屋の壁には三人分の影しか映っていなかった。
小十郎もそれに気がつくと、信じられないという目でまことと壁を何度も見返す。

「ひと、です、ぼく、人で、ッヒ、」

ククク、とまた一段と低い声で楽しそうに笑った男性は、まことに近づきながら腰元に下げていた棒のような物に触れる。
シュラリ、と透明な音がして、そこから現れた眩しいものにだくだくと涙を零していたまことの眼がまん丸に見開かれた。

『か、たな・・・?なんで・・・』

蝋燭の明かりを反射しながら振りかぶられてゆくそれを、まことは震えながら見つめている事しかできなかった。
ヒュン、という風の音と、布越しでくぐもった男の怒鳴り声が聞こえたのと同時にまことの体は胸元を中心にカッと燃えるような熱を持つ。

「なるほど、ヒトあらざるモノは血の色まで違うのか」

袈裟懸けに切られたまことの胸元からパッと散ったのは白い粘液だった。
目の前の黒尽くめの男の服に、白い水玉模様を描いたそれをまことは呆然と見つめていた。

「・・・どうして・・・」

自分は今、この人に、あの刀で切られたのだ、と理解すると急に胸元を斜めに走った傷がジンジンと熱を持ち始め、ぶるぶると震えていた足から力が抜けてゆく。
熱い。ただただ熱い。
手で押さえた切り口からはだらだらと粘液がたれ、ぐ、と咳き込んだ口元からもそれが溢れ出す。
全身を白い液で汚したまことはくたりと床に横たわった。

「切られたくらいで物の怪も死ぬのか」

つまらんな、と呟く声が聞こえ、横たわった体を足でひっくり返される。
ごろ、と転がったまことの裸体は蝋燭の紅い炎を白い肌に反射させ、怪しく輝いていた。
全身を精液に浸したように汚し、まだ赤い唇を震わせ、力ない瞳をゆっくりと瞬きさせる仕草は淫靡な様子で、自分を見下ろす壮年の男性が、ほう、と笑いを含んだ息を吐いたのが聞こえた。

「ふむ、なかなかに赴きがあるな」

チャキ、と金音を立て、男性は刀を握り返すと内腿をつう、とその切っ先で撫でまわす。
刀が皮膚を撫でる度にそこから白い液があふれ、まことの身体を汚してゆくが、しかし、まことはそれを止めてくれと言葉にする事も、指先ひとつ動かす事もできなくなってしまっていた。

『なんだか、胸、熱いのに、身体のなか、すごく寒い・・・』

けぷ、と喉の奥からゼリーのようになってしまった白い塊を穿き零す。
薄ぼんやりとした視界に、柱に縛られている男の人が見えた。
肩を揺すり、何かを訴えようとしているその人を見て、自分はこの人の名前も知らない、と少し後悔を覚えた。

「ごめ・・・なさ・・・い」

口の布も、体の紐も、取ってあげられなくてごめんなさい、と最後の力を振り絞って呟くと、益々男の人は体を揺らし、何かを必死に叫んでいる。

「・・・ぷ、はっ、・・・っく、まこと、おい、まこと!しっかりしやがれ!・・・松永っ!テメェ!」

薄れゆく意識の中、低い、渋い声で名前を呼ばれたような気がした。
それが凍えきった胸の内にぞっとする程暖かく響き、まことはゆっくりと目を瞑るとほっと小さく微笑んだ。
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