森物語2ー4

結局、狼が蜂蜜を採って帰ってきてもまことは戻らず、流されてしまったのではないか、と心配になった狼が小川を探しに行くとまことは陽の当たるほとりで丸くなって眠っていた。
下穿きも濡れたまま、ぴぃぴぃと気持ち良さそうに寝息を立てているまことに狼は前髪を上げた形の良い額にめこりと青筋を立てる。
まことの小さな頭にはぁ、と熱い息をかけた拳骨を落として叩き起こすと、涙目のまことを抱えて自分も小川に飛び込み、手早く綺麗にしてやった。



「・・・あの、今日は色々ありがとうございます」

まことは蜜壷を両手に抱え、狼の広い胸に抱きかかえられていた。

「いいや、乗りかかった船だ。それにお前は見てて危なっかしいからな・・・。ほら、蜜が零れるぞ」

蜂に襲われた自分を助けてくれ、食べられると勘違いした自分を慰め、動けない自分の代わりに蜂蜜を採りに行ってくれ、更に送ってくれるという狼さんには本当に頭が上がらない。
しかし、ぺこぺことお辞儀をしていたせいで、留守になった手元から蜂蜜が狼の胸元にべちょりと零れ落ちる。

「きゅっ・・・!ごめんなさい・・・」

「別に構いやしない・・・・・・!」

つぅ、と狼の胸筋の間をぬめった何かが這いずり回る。
ぎょっと下を覗くと子リスが必死になって蜂蜜が零れ落ちた胸元に舌を這わせ、そればかりではなく首元、耳の下にまでちゅうちゅうと吸い付いてくる。

「何を、・・・おい!」

頬の傷跡にまで伸びてきた舌にビリと快感に近い電流が走り、狼は慌ててまことを引き剥がす。
はしたないまねをするな、春先にいい相手を見つけてこういう事はそいつと楽しめ、と諭す狼に、まことは「でも、この森ではお互いを良く知るときは、こういう風に舐めるんじゃないんですか?」と小首を傾げる。

「・・・分かった。お前、最近越して来た子リスだろう」

きっと、絶対、確実にそうだ。と狼は確信する。
むしろ何故今まで思いつかなかったのか、色々な所で噂になっている例の子リスだ。
特にあの図体のでかい猿がキィキィと騒ぎ立てるのに最近は政宗様も興味を惹かれ、自分の目をかいくぐって社を抜け出そうと画策する始末だ。

「・・・ああ、俺は小十郎という。もうすこし北に行ったところにある社の護りをしている。それと、お互いを知るっていうのは段々の付き合いでするもんだ。こういう事は、もっとお互いを知ったその後にしろ」

そうだ、ここでこの子リスと縁をつないでおき、政宗様が社を抜け出す前に子リス自ら出向いてくればよいのだ、と閃いた小十郎は、まことを抱く腕にそっと力を込める。

「・・・!ぼく、僕、まことって言います!」

体に回った大きな腕にぎゅっと抱かれ、まことはそのじんわりとした温もりに涙が出そうなくらいに嬉しくなる。
そうして良くしてくれたこの森の住人の事、蜂蜜を採りにきた理由を頬を赤く染めながら嬉しそうに小十郎に語り、「小十郎さんも、みんなみんな、この森の方はいい方ばっかりです!」と自分の発言にうんうんと頷き楽し気に体を揺らす。

「そうか・・・それじゃひとつ、俺にもお前が割ったクルミを一つくれないか?」

「・・・!はい!僕のでよければ、頑張ります!」

僕、前歯が小さいから上手に割れないんですけど、でも、でも頑張ります!と笑顔で応えるまことに小十郎も常に寄りがちな眉間を緩め、そっと笑顔を浮かべる。
政宗の為だけではない。自分も子リスの来訪をどこか楽しみにしはじめている事に気が付き、小十郎は一転笑顔を苦笑に変えるととぱふりと銀色に輝く尻尾を振り上げた。


その後、森ではまことが割ったクルミが『幸運を呼ぶ胡桃』として森中で密かな人気を博す事となる。
噂の発端となった慶次は噛み疲れでぐったりしたまことにしばらく口をきいてもらえず、これが二匹の初めての喧嘩となった。
『お互いを知るっていうのは段々の付き合いでするもんだ』
雨振って地固まる。この喧嘩をきっかけに二匹の仲はぐっと近まり、まことは小十郎の言っていた言葉の意味を理解した。

『やっぱり、この森に引っ越して来てよかった!』

今日も森はいい天気だ。
まことはクルミの削り滓の中、満足げな笑みを浮かべるとほうっと暖かいため息をついた。
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