目の前に、銀色の毛並みをした狼がいた。
大きな体つきの狼は左の頬には大きな傷があり、鋭い目つきでまことを一睨みすると鋭い爪先をまことの尾に伸ばしてくる。
「キュッ!」と驚愕して固まってしまったまことの尾を冷静に掴み、さくり、と爪先を尾の中に潜り込ませて行く。
「ああ、蜂に襲われたか。・・・こんな子供が一人でこんな所に来るもんじゃねぇ」
「・・・ぼく、僕、はちみつを・・・っ、ん・・・きゅ・・・」
冷たい爪が地肌を撫で、暴れ回る蜂にジリジリと近づいていくのにまことは無意識に尻を揺らしてしまう。
時折軽く引っかくように撫でられると先ほどまでとは違う、鼻にかかった声が勝手に口から漏れてしまうのだ。
「・・・なんだお前、発情期か?リスは春先だろうに」
ふ、と鼻先で笑われ、はつじょうきとは何だろうとまことはぼんやりとした頭で疑問に思う。
この、お尻の奥がじんじんするのがはつじょうきなのだろうか、はつじょうきはどうやったら治るのだろうか。
「・・・ッチ、毛に絡んでやがる。おい、ここ抜くぞ。痛てぇかもしれねぇが、我慢しろ」
「んあぅ、きゅぅ、んきゅ、うぅ・・・?」
「・・・聞いてねぇな・・・」
はぁ、と大きなため息を付いた狼が、まふ、と尻尾を抱えるのをまことは蕩けた瞳で見上げていた。
何をするのだろう。慶次さんと同じようにまこの尻尾に顔をぐりぐりするのか。自分では分からないが、慶次さんは気持ちがいいと言っていた。なんだか無性に慶次さんに会いたいのはなんでだろうか。
しかし、狼が形の良い薄い唇を開き鋭い牙を剥いたのを見て、まことはヒュッと息を呑みこむ。
太陽の光を反射して、ギラリと光った牙がスローモーションでゆっくりと自分の尻尾の中に潜り込んでゆく。
「きゅ・・・・・・ッ、ヒィアアア?!イタイィッ!いたいよぉ!!!」
尾を食べられてしまう、と思った瞬間、ビチビチッと尾を抉られたような痛みがまことの全身を貫いた。
その痛みに手足を突っぱね、全身を痙攣させながらまことは泣き叫ぶ。
「あぁ?こんだけしか毟ってないだろうが。大げさな・・・っ・・・」
ペッと蜂が絡まった毛を吐き出しながら狼が顔を上げると、突き出された尻を覆っている下穿きがじわじわと色を変えてゆくのを見た。
それは白く柔らかそうな内股に幾筋もの流れを作り、だらだらと地面に大きな水溜りをつくってゆく。
「っく、ご、めんなさ、たべないで、んぅ、ごめんな、さい、ゆるして、」
小水を漏らしたまことはガクガクと濡れた膝を震わせ、小さな声で狼に命乞いをする。
濡れ汚れ、ぶるぶると震えるその姿に狼の本能と加虐心が疼いたが、腹に溜まる熱をため息を吐いて逃がすとそっと自分の尾でまことを払う。
「馬鹿な事言ってんじゃねぇ!ったく、・・・ほら、蜂蜜摂りにきたんだろうが。壷よこせ」
ぱふ、ぱふ、と尾で子リスを叩きながら周囲を見回すと、意外に大きな蜜壷が置いてあるのを見つけ「いっちょまえに食い意地はってやがる」と苦笑を漏らして狼は腰を上げる。
「俺が戻ってくるまでに身奇麗にしておけ。向こうに小川があるが・・・おい、流されるんじゃないぞ」
そうしてうずくまったまことを立たせ、涙と鼻水で酷い事になっている顔を大きな手で拭う。
「ふっ、く、たべ、ないの?おおかみさん、まこのこと、たべないの?」
「ああ、こんなちっこいのなんざ食わねぇさ。安心しろ」
再び顔を銀色の毛並みの尻尾で撫でるように叩かれ、まことはさらさらとした感触と落ち着いた狼の体臭にじわりじわりと体の力を抜いてゆく。
顔を上げると目つきは鋭いが、その瞳はとても暖かく、優しい色をたたえている。
「おら、風邪引くぞ。早く流してこい」
「おおかみさん・・・」
蜜壷を片手に持ち、狼は颯爽と茂みに飛び込んで行く。
まこともまだ頭がぼぅっとしていたが、よろよろとよろめきながら小川を目指して歩き出した。