森物語2ー2

久しぶりの外は天気も良く、いい散歩日和だった。
しかし大きな壷を抱えたまことは燦々と照る太陽にいぶされ、ふぅふぅと荒い息を吐きながら尻尾を頭の上に掲げて日陰を作る。
前は慶次さんに抱き抱えられて木々を跳んで行ったのだから楽なのは当たり前だった。でもこれもみんなにおいしいクルミを食べてもらう為・・・とまことは額に浮かんだ汗を拭い、ふらふらした足取りで目的地を目指す。

「あ・・・あそこ・・・」

小一時間程歩いただろうか、どこか見覚えのある場所にたどり着き、まことはホッとため息を付く。
慶次がここで待ってろよ、と自分を降ろしてくれた場所だった。
椅子のような切り株があり、足下には小さな花がいくつも咲き乱れている。
まことは慶次を待っている間いくつも花冠を作ってここに並べ、頭に乗せるには小さい花冠を慶次のポニーテールに付けてやった。
その時の慶次の喜びようを思い出し、頬をぽってりと緩ませる。
よし、また慶次さんに喜んでもらおう!とまことは切り株に蜜壷を置くと、腕まくりをして慶次が向かって行った茂みに飛び込んだ。


ぱしぱしと顔に当たる小枝を必死に避け、目に入らないように瞼を閉じて鼻をひくつかせながら進んでゆくと、ふいに広い場所に出た。

「わぁ・・・、茂みの中なのにお家みたい・・・」

枝が絡み合い、広いドーム状になった空間になったそこは、日差しが遮られひんやりとしている。
足下は幾重にも落ち葉が重なり、ふわふわの絨毯のようだ。
遠くから小鳥の声も聞こえ、なんとも過ごしやすい場所ではないか、とまことは感激してくるくるとその場で飛び跳ねる。
そうだ!蜂蜜はどこだろう、甘い匂いはしないけれど、ここの近くにあるはずだ!と興奮が覚めず尻尾でぱふんぱふん、と落ち葉を叩きながらあたりを見回していると、まことの耳に聞き慣れない音が聞こえて来た。

「・・・?」

ビービーというその音は頭の上から聞こえ、なんだろうと顔を上げると大きな蜂が茂みの隙間からこちらを覗いているのに気が付いた。

「ひゃ・・・」

どこを見ているか分からない、その大きな目と視線が合った気がした。
まことが小さな悲鳴を上げると、その隙間から蜂が飛び込んで来て、まことの周囲をぐるぐると飛び回りはじめる。
どうやら怒っているらしい。
周りをぐるぐると回っていたかと思うと鋭い羽音を立て、まことの顔ギリギリにまで近寄ってきてはまた羽音を鳴らす。

「あ、あの、あの、勝手に入って来てごめんなさい、あの、その、僕、蜂蜜ほしくて、」

蜂蜜、という言葉を口にした瞬間、ビービーと唸っていた羽音がビィンと高い音に変わる。

「ひ、ごめ、なさ・・・っ」

まことを威嚇するように飛び回る蜂に、何事かと茂みの隙間からまた一匹、二匹と大きな蜂が集まってくる。
そうして涙目になったまことを見つけると、からかうように蜂達は羽音を高くしたり低くしたりしながら周囲を飛び回り、とうとう一匹の蜂がぽすんとまことの震える尻尾に潜り込んで来た。

「ひっ、や、やだぁっ!やだーっ!」

ふわふわの毛を蜂の固い羽が根元から巻き上げ、もぞりもぞりと尻尾の中を移動する。
感じたことのない違和感にぞくり、と背筋に悪寒を走らせたまことは、続いて尻尾に潜り込もうとする蜂達を必死に追い払うと、震える足を奮い立たせて来た道を全速力で逃げだした。

「やぁあ!ごめんなさいっ!ごめんなさいぃっ!」

小枝がピッと円い頬を裂き、尻尾の毛を引っ掛けて行くがまことの足は止まらない。
尻尾の中の蜂も出て行くことなく、逆に尾の根元に向かって這い上がって来ているようだ。
このままでは服の中に入られてしまうかもしれない、体中を這い回られたらどうしよう、ととうとう食いしばった口元から情けない悲鳴を漏らし、ぼろぼろと涙を零しながら走っていると、茂みの向こうに明るい出口が見え始める。

「たすけ、たすけてっ!っく、けいじさぁんっ!」

ずぼっと茂みから飛び出したまことはそのまま目の前にあった大きな何かに顔から突っ込んだ。
大きなものは柔らかかったが、思い切り鼻をぶつけてしまい、その勢いのまま後ろにひっくり返る。

「っと、大丈夫か?」

「あぅ・・・、・・・ひゃ?!やああ!!やあ、やだああああ!!!」

ひっくり返って背中で潰してしまった尻尾に潜り込んでいた蜂も驚いたのだろうか、一層羽を激しく動かしまことの尾の中を掻き回す。
その感覚にぞくぞくと悪寒が走るのだが、なんでだか同時にじぃん、と尻の奥が熱くなってしまう事に気が付いた。
こんな事は初めてで、自分の身体はどうしてしまったのだろう、何が起こってしまったのだろう、とまことはいやいやと泣きじゃくりながら尻を押さえてうずくまる。

「子リスか・・・。どうした、おい」

「ぅあ、あう、しっぽ、しっぽが、びぃんってして、おしりが、じんじんって、っぁ、ひぃっ!・・・・・・ふぇ、やだぁ、もうやだあ!」

地面に頬を付き、尻を高く突き出す格好になり、蜂が入った尻尾を振り回して追い出そうとするが腰にも尾の根元にも力が入らない。
時折ビクリ、ビクリと跳ねるだけの尾の中で、潰されかけた蜂が怒り狂って激しく暴れ回り、まことはまた甲高い叫び声を上げて身体中をひくひくと痙攣させる。

「・・・尾に何か入ったのか?」

かりかりと土を掻いて、尻に走る感覚を堪えようとしていたまことの頭を、大きな何かが落ち着かせるようにそっと撫でてゆく。

「取ってやる。・・・動くんじゃない」

誰か、いる・・・、取ってくれるって言ってる・・・!と混乱していた頭に低い声が意味をなして染み入り、涙と唾液でぐしゃぐしゃになった顔を縋るように上げた。
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