森物語2ー1

子リスのまことはここ数日間寝る間も惜しんでクルミを齧り続けていた。
越して来たばかりでまだ荷物の少ないがらんとした部屋の隅、陽の当たる場所に大きな尻尾をクッション代わりにして座りこみ、胸にはクルミを抱えて日がな一日カリカリコリコリと小さな前歯を硬い殻に当てている。
削り滓が散る床の上には既に穴の開いたクルミが二つ転がっており、まことは酷使しすぎてじんじんと傷む前歯に涙が滲みそうになると、そのクルミを見て元気を出す。

『あと一個、あと一個、これは慶次さんの分だから丁寧に・・・慶次さんのぶん・・・・・・・・・けいじさん・・・』

カリ・・・、とクルミを齧る音が止み、まことはぶわわ、と真っ赤に染まった熱い頬を小さな手でそっと覆う。

自分の大きな尻尾をかわいいと言ってくれた人。
出会ってすぐに仲良くなって、まことを軽蔑した目で見ずにずっとにこにこと笑顔でいてくれ、色々なところへ連れていってくれて、たくさん面白いお話を聞かせてくれて、そうしてまことまでも笑顔にしてくれた。

『慶次さん・・・喜んでくれるかな・・・』

自分がこの森に来て、生まれてはじめてというくらいに良くしてくれた白鳥達と慶次に、まことは感謝の気持ちを込めて自分で割ったクルミをプレゼントしようと決めたのだ。
白鳥達には噛みかけでもいい、と自分の歯型のついて不恰好なクルミをあげてしまっている。
慶次の話によると二匹ともそれを大切に首飾りにしているとの話で、まことは恥ずかしいやら嬉しいやらで大きな目をぐるぐると回してしまい、慶次にかわいいなぁと笑われた。
そうして自分もまことの歯型のついたクルミが欲しいと言われたが、そんなことではまことの気がすまない。

『きちんと殻を割って、おいしいクルミをプレゼントするんだ・・・!』

そしてぐっと拳を握りしめ、むん、と顔を上げて気合いを入れると目の端に今は空になってしまった蜜壷が映り込んだ。
・・・そうだ、蜂蜜と一緒にあげたらいいかもしれない!とまことは自分の提案に瞳を輝かせる。
慶次と二人で蜂蜜を採りに行ったのは少し前の事で、初めて食べる甘くとろとろとした液体にまことは本当にほっぺたが落ちるかと思う程感激した。
慶次が取って来てくれた蜂蜜がたっぷり入った蜜壷を抱え、無心で口の周りを蜂蜜でべとべとにし、頬にも髪にも、大きな尻尾まで蜂蜜まみれになったまことを慶次は笑いながら舌で綺麗にしてくれた。
頬をべろりと舐めとられ、尻尾の毛束を口に含まれ根元からぢゅうっと吸われ、恥ずかしいような、でももっとして欲しいような、なんだか腹の奥がむずむずする不思議な気分を味わった。
この気分はなんなのか、と落ち着かな気に身をよじるまことを慶次はにこにことした瞳でじっと見つめた後「まこは尻尾がセイカンタイなんだな!」とハハッと笑い、「もっとまこの事が知りたいなぁ」とよくわからないがたくさん色々な所を舐められてしまった。
この森の住人は、ああやって人とスキンシップをしてお互いを知り合うのだろうか。
その時はなんだか自分も蜂蜜になってしまったように身体が蕩け、くたくたのどろどろになってしまったが、次に慶次さんに会ったら恥ずかしいけれども自分も色々な所を舐めさせてもらおう、とまことは小さな野望をたてている。

「うん、思い立ったが吉日!」

慶次もそんな事を言っていた気がする。
まことは早速クルミの滓を叩き落とし、もさもさになってしまっている尻尾を丁寧に舐めて整えると一抱えある蜜壷を手に取り、よろよろと蛇行をしながら慶次に教えてもらった蜂蜜の採れる茂みへと向かって外に歩き始めた。
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