summer heat 1


夏休み。
まことは晴れて恋人となった慶次先輩と花火大会に来ていた。
都内から離れた片田舎の小さな花火大会だというのに、大学の最寄り駅に告知のポスターが貼ってあったせいか、数人、構内で見たことのあるような顔とすれ違った。

「まこ、なぁに隠れてんの」
「っ、っ、だって、だって、今のひと、絶対、絶対学校の人です…」

そうしてそんな彼らとすれ違う度、まことは慶次の腕に抱きつくように顔を隠す。
何を隠そう、Tシャツにハーフパンツにサンダルというカジュアルな格好の慶次に対し、まことは淡い桃色の生地に朝顔柄の浴衣をはおり、黄色の帯を絞め、顔にだって淡い化粧を施したばっちり思いっきりの女装で花火大会デートを楽しむつもりだったのだ。
学区外でのデートは初めてで、知り合いと出会う確率なんてこれっぽっちもないだろうと思っていたのだが当てが外れたらしい。
花火大会に行こうと約束をしてから、毎日毎日ネットショップを見て、ああでもないこうでもないと考えて決めたこの浴衣。
勇気を出して着てきてしまった事を、まことはひどく後悔していた。

「同じ学校の奴だからって何なんだい?別に俺はまことイチャイチャしてる所見られたって気になんないけど」
「・・・でも僕、女の子の格好してます・・・ただでさえ男同士なのに、こんな僕と歩いてたらへ、へ、変態って、思われて、慶次先輩にも迷惑が、」
「いやいや、似合ってるからいいんじゃない?ってか、学校のまこと今のまこ、全然雰囲気違うから普通わかんないって!」

慶次の右手を両手で握って、その太い二の腕にぴったりとくっついて、半分隠した顔を赤く染めて半泣きになっているまことは、眩しい程に並んだ屋台の明りの中ででも、小柄で恥ずかしがり屋のかわいらしい女の子にしか見えなかった。
人の視線がチラ、と自分に向くたびに、ビクリと肩を震わせて慶次の腕に顔を埋める。
その仕草に慶次が顔をだらしなく蕩けさせ、ニンマリと鼻の下を伸ばすのに、まことは幸か不幸か気づいてはいなかった。



そんなこんなで緊張しきっていたまことだったが、二人で手をつないで歩いていたところで誰も見向きもせず、また完全に日が沈んだ事、時間が経って慣れた事もあり、まことはいつも通りにはにかむような笑顔を浮かべ、慶次の腕を引っ張って屋台をのぞき込んだり、買ってもらったリンゴ飴を舐めて、ご満悦に赤く染まった舌を見せびらかしたり、その舌を指で挟まれそうになって慌てて避けたり、きゃっきゃと笑いあって夏の女装浴衣デートを満喫し始めていた。

「あっれー?前田の旦那じゃーん!デート中?こんにちは〜」

指を交差させ手を握り合い、屋台を練り歩いていたまことと慶次だったが、前からかかった声に足を止めた。
「かわいいからオマケね!」と作ってもらった特大わたあめに顔を突っ込み、もふっ、まふっ、とわたを舐めとっていたまことが、ハッと焦ったように握り合っていた手をほどき、慶次の後ろに身を隠す。

「ん?あ、猿飛!と真田じゃん!なになにそっちはダブルデート・・・って女の子いなくね?もしかして・・・男二人で花火大会〜?!」

「カーッ!これだから!こっちはアンタと違って真田の旦那っていうハンデがあるから!いやぁ〜女の子は現地調達?って思ったんだけど・・・そうはうまくいかないよねぇ…」

「・・・俺はそういった軟派な真似は好かん・・・」

「これだよ〜・・・何が『軟派な真似は好かん』だよ・・・んなカッコいい事言うくせに、屋台を渡り歩いて買い食いはするんだよね〜?」

慶次先輩の知り合い・・・きっと大学の人だ・・・!とまことは慶次の後ろで緊張をしていたが、そんなまことを見下ろした慶次は『大丈夫』というように、固くわたあめの棒を握りしめているまことの手を自分の大きな手のひらで包み込んだ。

「チッ・・・見せつけやがってさぁ・・・はいはい、お邪魔しちゃってゴメンナサイねぇ〜、旦那ぁ〜もう帰ろうぜぇ〜花火は電車の中から見ればいいっしょ・・・旦那?」

その怪訝な声に、先輩と見つめあって二人の世界にいたまことが顔を正面に戻すと、浴衣を着こなした精悍な男性がむっつりと唇をへの字にして、こちらを睨み付けているのと目があった。
慶次の後ろに隠れ、大きなわたあめで顔を半分隠しているというのに、その男性の視線は、ふあふあなわたあめなど隠れ蓑にもならない程鋭いもので、まことはヒッと小さく声を上げると完全に慶次の後ろに身を隠してしまった。

「・・・そこの、」

「ってか真田、お前ちょっと買いすぎだろそれ!」

どことなく空気がおかしな雰囲気になってしまいそうな瞬間、慶次は少々わざとらしい笑い声をあげて男をちゃかした。
確かに、その精悍な男は雰囲気に似合わず両手首にビニール袋をたくさんぶらさげ、手にはまことのよりかは幾分小さいが、同じわたあめを握っていた。
何かを言いかけた男は、またむっと口をへの字にして押し黙り、慶次の友達はそんな男を見てああっ!とこちらもわざとらしい程の大声を上げた。

「あー!旦那!袋振り回したりした?!お好み焼き、中でソース漏れてる!これ大将へお土産で買ったのに・・・もー、まったく・・・早く帰るよッ!んじゃね、前田の旦那!・・・彼女も騒がしくしちゃってゴメンねぇ?」

「こら、佐助、俺は、・・・待て、待てって!」

ほとんど引きずるようにして男を引きずって去っていくその人の後ろ姿を見送り、まことと慶次はきょとんと顔を見合わせた。

「…まこ、あの猿飛って奴すっごい目ざといんだよね。それでもあいつ、最後までまこの事『俺の彼女』って…女の子って思ってたぜ?」

「え…」

「まこの女装ってすげぇなぁ」と感心したように見下ろされ、あまりの安堵に緊張の糸が切れたまことは足元をふらつかせる。

「おっと、大丈夫?」

「あ、あはは、なんだか安心しちゃって腰がぬけちゃいました…」

まことを抱き留めた慶次は、まことの安心しきった笑顔を見て、うぅん、と頭を掻いた。

「・・・慶次さん?」

「…俺はさ、正直、まこが男ってバレてもいいって、思ってる」

「え」

「んで、こらから、ずっと、将来、一緒にいる為にもさ、俺と付き合ってるって事もバラして、まぁ色々言われるかもしんないけど、俺が守るし」

呆然とするまことの目には、まっすぐまことを見つめる慶次が映っていた。
真顔でまことを見下ろす慶次の耳たぶがじわじわと赤くなり、腕に抱いていたまことを離すと「あ゙あ゙あ゙!」と髪を掻きむしる。

「あー、なんか俺!恥ずかしい事、言った!つまり、まこ、末永く、よろしくなって事で!」
「は、は、はいっ、こ、こちらこそ…ふ、ふつつかものですが、うぅ、」

目を見開いて慶次を見上げていたまことの耳たぶも、慶次の言葉が脳に到達し、理解をするのと同時にぶわわわわっと赤く熱を持った。
思わず手の中のふあふあのわたあめに顔を埋めてしまい、鼻の頭から頬まであめでベタベタになってしまった。

「ふはっ、まこ、何してんの」
「だ、だって、慶次先輩が、いきなりそんな…う、う、嬉しいけれど、恥ずかしくって、」

大きな固い手が飴のついたまことの頬をぬぐおうとして、べたべたとするそこに気づくと、そっと顔を寄せられた。
周囲にはまばらとはいえ普通に人が行き来をしているというのに、本当に人目を気にせず頬を、鼻の頭を舐められ、まことは恥ずかしさと、それを上回る嬉しさとで心が蕩けそうになる。

再び指を交差し、絡ませあい、先ほどよりも粘度の濃い空気を纏い、二人はまた、静かに歩き始めた。
屋台を冷やかす声も二人ともどこか上の空で、絡ませあっている指や、くっついては離れる二の腕ばかりを気にしていた。

そんなじれったい空気に対し最初に口火を切ったのはまことの方だった。

「…あの、僕、慶次先輩に、見てほしいものがあるんです…」
「え?なになに?」

にっこりと明るい笑顔に興味を乗せた瞳でまことを見つめる慶次を、まことはチラリと上目で見て、きゅっと口を閉じる。
そして夜目にも確認できる程じんわりと頬から耳たぶを赤く染め、口を一度開いてから、またきゅっと閉じる。

「…まこ?」
「…あの、あの…」

まことは意を決し、指を絡ませあっていた慶次の手を自分の腰元に導いた。
慶次の大きな手が薄い浴衣の生地を纏わせただけの、柔らかい尻に触れる。
慶次が反射的にそれに手を這わせてぎゅう、ぎゅう、と揉みしだくと、うつむいていたまことが小さく震えながら顔を上げ、トロンとした瞳でまっすぐに慶次を見上げ、背伸びをする。

「っ、」
「せんぱい、ぼく、きょう、ぱんつ、すごく、やらしいの、はいてるの」

キスをされる、と思った慶次は息を飲んだが、耳元に顔を寄せて囁かれたまことの発言に、その飲んだ息を吐きだせず、激しく咽た。
背中を丸めゲホゴホと咽る慶次の周囲をオロオロと心配そうに回るまことだったが、「はぁあ〜」と深く息を吸って、吐いて、上がった慶次の顔を見て、ギュンッと心臓と、ペニスが甘く痺れるのを感じた。

「まこ、もちろん、それ、見せてくれんだよな?」

雄の、男の顔をした先輩に、耳元で低い声で囁かれ、まことはもうそれだけで発情してしまった。
こく、こくこく、と激しく何度も首を縦に振るまことに、慶次はにっこりと笑みを浮かべると「実はさ、知り合いにこの会場の穴場、聞いておいたんだ」とまことの手を引いて、人気のない、林の中に連れ込んでいった。

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