月明かり8


そうして、そろり、と羽毛が擦れたような、妖艶なまことに似合わない程に怯えた唇の感触は、いつも感じているもので、途端に胸の中心から噴き出した安堵と歓喜に体が震えた。
瞳をつぶったまま目の前の小さな身体を腕の中に囲い、触れ合わせた唇を思うがままに貪れば、ぎゅう、と抱き潰されたまことも気付いたようで、乳を飲む子猫のようにガッチリと首に腰に手足を回して抱きついてくる。
色気のないそのがむしゃらな抱擁に、慶次はプハッと思わず笑い声を漏らしてしまった。

「まこ、まこ、ああ、俺のまこだ、」
「慶次さんっ!もうっ!笑うなんて酷いです・・・!」
「あはは、ゴメンゴメン!はぁー・・・まこ、おかえり・・・」
「け、慶次さん・・・ただいま、もどりました・・・!」

目を開ければ自分の下、腕の中にいるのは、あの妖艶なまことではなく、自分の知る、まだまだ幼いまことだった。
産毛が光る桃色の頬、くるくるとよく動くまぁるい瞳、ぷっくりとした唇。
やっぱりこのまことが、俺のまことなのだ。

「あー・・・落ち着くー・・・」
「慶次さん、お、重いですっ!ふふ・・・」

ふぅ、と深く息を吐き、まことのうなじの匂いを吸い込むと、愛おしいまことの体臭に混じり、青年のまことと同じ、上等な香の匂いがした。

「・・・・・・・・・・・・まこ、あっちで会ったのって、」
「慶次さんも、大人の僕に会ったんですよね?大人の慶次さん、すっごいかっこよくて・・・ドキドキしっぱなしでした」

頬を赤らるまことの、ぷっくりとした唇は、寝付く前よりも赤く腫れているように見える。
ぐわり、と腹の奥から少し上の胸の下辺りが熱を持ったのが分かった。

「・・・まこ、あっちの俺と・・・」

まことではあるが、青年のまことに対し、自分は一応の貞操は守ったつもりだ。
まことはあちらの自分に身体を許してしまったのだろうか?
自分であるが、自分でない自分に嫉妬心を抱いてしまう自分はおかしいのだろうか。
まことの身体を抱く腕に知らず力が入る。

「キ、キスだけ・・・その、唇をちょっとだけ・・・だって大人の慶次さん、すっごく色っぽくて!なかなか直視だってできなかったんです!」
「・・・直視できないって・・・ハハハ、なんだいそりゃぁ」

内心安堵している慶次とは逆に、まことは申し訳なさそうに眉を寄せ、慶次の肩にぐりぐりと額を擦りつけてくる。

「ごめんなさい・・・本当は、大人の慶次さんの事だって今の慶次さんと同じで、大好きですって伝えないとって思ったのに・・・でもやっぱり慶次さん・・・『僕の慶次さん』とお香の匂いも違うし、雰囲気も・・・ちょっとだけ違うから・・・」

キスしかできなくて、ごめんなさい。と謝るまことに、慶次は胸の内の嫌な熱がスゥと引いていくのを感じた。
代わりにこんこんとこみ上げてくるのは、まことに対する愛おしさと、そんなまことに愛されているという喜びだった。
まことは、青年のまことの言った通りに「どの慶次も大好き」なのだろう。
しかし、この自分のまことは「どの慶次」でもなく「たった一人のまことの慶次」、つまり自分にしか触れられたくないとも思ってくれているのだ。

「まこ、まこ、まことっ!ああ、俺も一緒だったぜ?大人のまこも色っぽかったけれど、やっぱり俺にはお前が、俺のまことが一番だ!」
「い、色っぽい?!僕が、そんな風に・・・?あっ!慶次さん、大人の僕も好みでしたか?大丈夫でした?」
「ははは、大丈夫ってなんだいそりゃ。ああ、すげー色っぽくて大人のお前も好きだけれど、俺のまこはお前しかいないから・・・」
「慶次さん・・・」

ちゅ、と唇を寄せ合えば、胸中はますます幸せに暖かくなる。
あの腹の奥、胸の下、おかしなところに燃える暗い嫌な熱は自分にはまだまだ早い。
この暖かさを感じられる限り、まことを蔵座敷に閉じ込め、縛りつけ、生えてこなくなる程執拗に下毛を刈る自分はまだやってこないだろう。

「あ!そういえば、あちらの慶次さんが言ってましたけれど、大人の僕が慶次さんに『イイコト』を教えてあげているって。ためになるから戻ったら詳しく聞くようにって言われたんですけれど、『イイコト』って何を教えてもらったんですか?」

自分の下で、まことがまぁるい瞳をきょとん、と瞬かせ、小首をかしげている。
下毛を刈るようになる自分と同じくらい、乳首を晒す事が苦手で、尻穴だってうまく男の物を呑み込めないまことが、いつかあんな妖艶の塊のような存在になるなんて信じられない。
それでも、時が、俺が、まことを変えていくのだろう。そして俺もまことに変えられていくのだろう。
願わくは、まことが傷つかない、幸せばかりがある時であるように。

「ああ、じっくり教えてやるから。まこ、おいで」

低い声で告げて手を伸ばせば、まことは何かを感じて頬を赤らめたが、それでもためらいなど微塵もなく、慶次の広い胸の中に飛び込んだ。

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