少年時を止める12


そうして晴れて恋人同士になった佐助とまことは正に蜜月、という時間を過ごした。
以前のように仲睦まじく、そして以前よりも濃厚になった佐助とまことの関係を、幸村と前田慶次は手放しで喜んでくれた。
そういえば、と聞いた前田慶次との出会いは、ポーズをかけて抱きしめまくっている時、それを白昼夢と勘違いしたまことが人けのない部室棟で一人こっそりと自己嫌悪で泣いている所を、部室でサボっていた前田慶次に見つかり慰めてもらったのが始めだったようだ。
どんな事でもなんでも相談に乗ってやると言われ、自分がゲイな事、佐助を好きな事、自分がどれだけ浅ましい妄想をしているのか等、色々話しを聞いてもらい、均衡を崩しかけていた心を支えてもらったという事だ。
ポーズを使った計画はまったく何の役にも立っていなかったどころか、そこまでまことを追い詰め、更にまことと前田慶次の仲を取り持つ切欠となってしまっていたという事実を知った佐助は、土下座をして擦り付けた額で地球の裏側まで掘り進めてしまいたいと深く反省した。
ポーズになんか頼らずに正々堂々と真っ向勝負をかけていれば、まことを傷つける事もなければ、まことが前田慶次と知り合う事もなく、こうしていらない嫉妬を抱く事もなかったろうに、と己を恨まずにはいられない。



かといってもう二度とポーズを使う事がないか、と聞かれれば否と答えるしかない。
やはりなんだかんだ言ってこの力はとても便利なのだ。
まことと出かけた時、浮かれすぎてテーマパークの前売り入場券を忘れてしまった、と気付いた瞬間、ポーズをかけて近くの人のカギをかける寸前の自転車を借りて自宅まで取りに帰った事があった。
まことの事だ、忘れてしまってもこちらを責める事なく、むしろ「隣のショッピングモールも気になってたんです!今日はこっちに行きましょう?」なんて笑って慰めてくれるのだろう。
しかし男のプライドがそれを許さない。
まことには告白の折にかっこわるい所を見せてしまっている。
あの時の嫉妬深くて涙と鼻水を流している醜悪な自分さえもまことは好きと言ってくれているが、それでも好きな子にはかっこいいとか、素敵とか、頼りがいがある、とか思われたいものなのだ。
うっかりしていて犯す失敗を、このポーズはカバーしてくれる。
恋に浮かれた今の佐助にはありがたい能力だった。



そして『その時』も、恋に浮かれっぱなしの佐助は休日にまことと一緒に時間を過ごせる事に舞い上がりまことの家に呼ばれた意味を何も考えておらず、「今日、家族みんな出かけてて・・・遅くなるんです・・・」と小さくつぶやいたまことの伏し目がちの真っ赤な顔を見た瞬間、無意識にポーズをかけてしまった。

「お、お、おっ、俺様のっ!俺様のばかああああーっ!」

と一度叫んで、その場で背中を丸めて床に拳をぶつけようとして、まことの家のピカピカのフローリングに穴をあけてはならないとそのまま拳を握りしめるだけに堪えた。
まことと付き合い始めて一ヶ月ちょっとが経った。
時期的には早いのか、遅いのか、ちょうどいいのか分からないが、なんにせよ浮かれすぎていてこんな大事な事をまことから誘わせてしまうなんて!
よく見れば目の前で止まっているまことの髪は、毛先が少しだけ湿ってまとまっていた。
近づいてすん、と匂いを嗅げばいつもより濃いシャンプーの匂いがする。
佐助の鼻息で耳にかかっていた髪が落ちれば、そこからは赤く染まった耳たぶが現れた。

「まこちゃん・・・」

自分が来る前にシャワーを浴びたのだ。
それが何を意味するのか分からない佐助ではない。
──この子を、この身体を、今日、今から自分の物にしてしまうのだ──!
そう実感し、佐助の体には激しい電流が走った。
頭頂部から入ったそれは、背筋を通り、指先やつま先の末端を震わせ、更に最後に股間へと流れていく。
ぐっと腹の奥に熱がこもり思わず前かがみになりながらも、佐助はこの後どういう流れでまことをこの手に抱くかと考えて緩み切っていた顔を緊張させた。

『・・・何も準備がない・・・!』

慌てて振り返り、先ほど脱ぎ揃えた靴に足を突っ込みながら、ここまでの道程で見かけたドラッグストアの場所を思い出していたが、しかし準備万端にコンドームや滑りを良くするものを出したら逆にがっついていると引かれてしまうだろうか、と考えて思わず足を止めた。
まことに向き直り、その小さくかわいい後姿をじっと見る。

放課後や休日に二人で遊ぶ事はここ一ヶ月で何度もあったが家に呼ばれたのは初めてだ。
その間にまことと人目を盗んで交わすキスは、もう、とうに百回は超えているだろう。
まことは小心者で恥ずかしがり屋で照れ屋のくせに、キスや触られる事をとても好んでいた。
佐助がそういう空気を持ってまことを見つめれば、素早くそれを察知して、目尻を上気させて瞼を閉じ気味にして顔を上げてくれるし、抱き締めている時にその柔らかい身体を撫でていれば、もっと、もっと、と擦り寄ってきた。
まことの方も佐助にキスをねだりたいのだろうが、なんと言ってねだっていいのか分からないようで、潤んだ瞳でこちらを見上げながらもじもじとしているだけだ。
そんなまことの気持ちを察していながらもその姿がかわいくて、嗜虐心をガツンガツンと刺激されて、ついつい知らんぷりしていじめてしまったりする。
それでもまことが諦めて少し悲しげに視線をそらす前に、佐助はにっこりと笑ってまことに顔を寄せてやっていた。
そうやってまことのいじらしさを楽しんで愛でる事が好きな佐助だというのに、なぜ今回はこうも気づけなかったのか。
まことの気持ちや内心はとても分かりやすい。
態度や表情やしぐさで何を考えているかすぐ分かる。

しかし、しかしだ。

佐助の脳内メモ帳の『俺様の恋人!宝野まこと』欄に赤く、太く書かれた項目がある。
『まことは本当に隠したい事は上手に隠す』のだ。
同性愛者な事も、佐助の事が好きだという事も、白昼夢に悩まされ心が折れてしまいそうになっていた事も、まことの口から語られるまで誰も知らなかった。
まことをずっと見ていた佐助さえも気づけなかった。
同性愛者である事を隠して生活する為に身に着いたスキルなのだろうか。
確かに人にはそれぞれ、恋人にだって知られたくない秘密や悩みがあるだろう。
そう理性では分かっているが、自分の大切な小さくてかわいい恋人のまことが一人きり、何か大きな秘密や悩みを抱え、それに潰されそうになっている様を想像すると胸が締め付けられるような痛みを感じていてもたってもいられなくなる。

今回の『およばれ』も、佐助はまことから何も感じ取っていなかった。
まことがキスをねだる時にビンビンと感じる桃色の空気というか、イカガワシイ気配がまったくなかった。
そのせいもあるだろう、佐助はまことの家に上がってナニをするかと想像する余裕もなく、初めてまことの家族に対面してご挨拶する事になるのだ、と緊張していたくらいなのだ。
少しでも『こういう事』があるかも、という雰囲気を出してくれていれば準備やまことへの態度など色々万端にできただろうに。

佐助は一つ溜息を吐く。
まことにとって今日のこの出来事は何か隠さなければいけない事があったのだろうか?そうだったならこのまま準備などせずにまことに流されるままが良いのだろうか?
少し思案した佐助だが、もし何か必要になったらその時はまたポーズを使えばいい、そう思い直して肩から力を抜き、取りあえずこれだけは、とポケットからミントガムを取り口に放り込んだ。

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