少年時を止める10


陽が落ちた後の部室棟は所々に灯りがついているもののその数は少なく、山岳部の隣室の小動物部も前田慶次の言う通り人けがなかった。
山岳部の部室は思っていたよりもきれいに片付いており、中央に長机が置かれ、周囲にパイプ椅子が並ぶ文化部寄りの造りになっていた。
唯一違う壁にずらりと並べられたロッカーに、何枚も各地方の祭りのPRポスターが貼られており、それに目を惹かれていると、後ろから「カチャリ」と鍵を閉める音が聞こえ思わず振り返ってしまった。
ドアの前に立ったままのまことは深く俯いており表情が見えない。
その雰囲気は先ほどまでの穏やかなものではなく張りつめていた。

「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・と、とりあえず、まこちゃん、座ろっか・・・」

ギィ、と床を擦ってパイプ椅子を移動させるが、まことはドアに背中を付け俯き押し黙ったままだ。
一人椅子に座ってしまった佐助は、立ち上がるべきかこの空気をどうするべきか、と頭を掻いているとまことが何か囁いたのが聞こえた。

「──きです」
「まこちゃん?ごめん、聞こえなかった───」
「好きなんです」

まことが顔を上げたせいで、二度目は良く聞こえた。
まことに、好きと言われた。
一瞬以前の休み時間「僕、佐助さんの事好きですっ!」と満面の笑顔で告げられた時を思い出したが、その時感じた絶望感は感じない。
それどころか佐助の心臓はバクン!と高鳴り、急激な鼓動を刻んで全身に血を巡らせ、末端まで体を熱くさせた。
まことの表情が、声音が、あの時とはまったく違うのだ。
赤く染まった顔、潤んだ瞳、戦慄く唇、緊張した声。
これは恋だ、恋愛の「好き」だ、自分がずっと望んでいた「好き」をまことは自分に告げている!

「っ、っ、っ!まこちゃ・・・」
「好き、好きなんです・・・僕、ずっと佐助さんの事が好きだったんです・・・!」
「俺様も、ずっとまこちゃんの事、好き、」
「違うんですっ!」

佐助もまことに劣らず真っ赤になってしまっているだろう顔を更に歓喜の色に染め、まことに告白を返すがそれをバサリと両断されて硬直する。

「僕の、僕の『好き』って言うのは、れ、れ、恋愛感情なんですっ!佐助さんの、友情の『好き』とは違うんですっ!」
「い、いや、俺様も、」
「僕、ゲイなんです!・・・同性愛者で・・・小さい頃から男の人しか好きになれなくてっ!」

よかった、まことはやっぱり自分を恋愛感情で好いてくれている、と息をつけた佐助だが、まことの勘違いを訂正しようとおたおたしている間に告げられた、更なるまことの告白に思わず押し黙った。

「僕、ずっと佐助さんを騙していたんです・・・佐助さんが、僕の友達になってくれたあの入学式の日、僕、佐助さんに一目惚れして・・・僕なんかに声をかけてくれて、背中の糸くず取ってくれて、笑顔をくれて、あの時からずっと、僕は佐助さんが好きだったんです・・・そして・・・ずっと、ずっとずっと裏切っていたんです・・・佐助さんは友達として『好き』って言ってくれているだけなのに、それに甘えて・・・」

まことの声は震え、瞳にはたっぷりと涙の膜が張っていた。

「ちょっと前に『俺様の事好き?』って佐助さんに聞かれた時、佐助さんは友情として聞いてるのに、僕はそれに託けて『好き』って佐助さんに告白して・・・あの時周りにクラスの人がいたじゃないですか。後でちょっと、その・・・・・・ちょっと嫌な事、言われて、それで僕と一緒にいたら佐助さんまでホモのレッテル貼られちゃうから避けていて・・・ごめんなさい・・・佐助さんに何も言わないで無視しちゃって・・・ごめんなさい・・・・・・ごめんなさい、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ!佐助さんの事だましてごめんなさいっ!僕、ずっと佐助さんを友達として見ていなかったんですっ!ずっと、ずっと佐助さんが好きで!・・・ひゃ!?」
「待って、待って!まこちゃん!」

勢いよく立ったせいで、パイプ椅子が嫌な音を立てて床に擦れる。
それも気にせず佐助はまことを己の胸に抱き締めると丸い頬に手をあて、そっと上向かせた。
まことの瞳から零れそうになる涙をそのままにはしておけなかった。
だって、俺はこの子が好きで、この子も俺を好きだから。だったらこの子に涙を流させる事なんて、男としてさせてはいけない。

「まこちゃん、聞いて、俺様もまこちゃんと同じように好きなんだ、俺様も、俺もまこちゃんに一目惚れしてるの」
「・・・うっ、うそっ、そんな、」
「嘘じゃないっ!同情とか、そういうのでもなくて、俺様、本当にまこちゃんが好きで・・・」

色々と聞きたかった事、言いたかった事、朝から頭の中で整理していた事が全部頭からすっぽ抜けてしまっていた。
ただ、お互いに身体をくっつけて、こうして瞳を覗き合っているだけで言葉以上に気持ちが通じる気がする。
まこともそう思っていてくれているのか、涙を拭ってやったまことの瞳から恐怖と絶望が薄らぎ、期待と熱が籠り始めたのが見えた。

「俺様も・・・入学式の日に桜を見上げてたまこちゃんを見て・・・すごくかわいい子だって。でもちょっと寂しそうで、気になって仕方なかった。俺様も一目惚れだったんだ」
「うそ・・・うそ・・・」
「嘘っていえば、背中に糸くずついてるって言ったの嘘だったんだぜ?あは、まこちゃんに声かけたくて、切欠が欲しくて、つい必死で・・・嘘ついた。俺様こそゴメンね?」
「・・・でも、佐助さんは・・・ノーマルで・・・」

ズキリ、と佐助の胸が痛んだ。
まことが自分を同性愛者だと言っているという事は、まことは以前、佐助以外に好きになった男がいたという事だ。
それが普通に女の子を好きだった、という以上に何故だか佐助の嫉妬を煽る。

「確かに俺様、今まで男を好きになった事なかったけど・・・今まで女の子にしてきた恋愛以上にさ、なんていうか・・・まこちゃんには色々、その、・・・抱き締めたいとか、キスしたいとか、色々思う・・・」
「ぅ・・・」
「それに前田の旦那といる所見てすっごい嫉妬した!今もまこちゃんがゲイだって聞いて、俺様すっごい嫉妬してる・・・」
「な、なんで、」
「だって俺様にとって初めて好きになった男はまこちゃんなのに、まこちゃんにとっては違うだろ?過去の男がいるって事でしょ?」
「か、かかか、過去の男っ?!そんなっ!違いますっ!ただの片思いで、それにその人も学校の先生でっ!今思うと好きっていうか、憧れっていうか、そんな、」
「本当に?こうして抱き合ったり、キスしたりしなかった?」
「ないっ!ないないっ!そんなのないですっ!だって、だって先生は普通で、女の人が好きで、僕が、僕だけ男が、す、すきな、へ、へ、変態で、」
「違うっ!」

なんとなく、まことの事が分かった気がした。
「自分なんか」「僕なんて」という自己否定の根本にはこの同性愛者だという罪悪感や負い目があったのだ。
そんな思いを抱かずともいいのに、誰かに何か言われた事があるのだろうか。
好きだったその先生に、その他の誰かに、男を好きになるなんて変態だと、そんなひどい事を言われたのだろうか。
先ほどまことの告白の中でもクラスメイトに何かを言われたと言っていた。
それで自分と一緒にいると佐助にまで同性愛者の嫌疑がかかると思った為に、佐助を避けていたと。
まことを守れなかった事がとても悔しい。

「まこちゃんは変態じゃない。俺様は嬉しいぜ?まこちゃんが俺様を好きって言ってくれてすごく、すごく嬉しい。すごく、救われた・・・」
「・・・っく・・・」
「まこちゃん、俺様も、俺もまこちゃんが好きだ・・・ねぇ、俺様達付き合おう?・・・俺様、まこちゃんに避けられてる間すごく辛かった・・・すっごく荒れてた。でも今朝、まこちゃんとちょっと話しただけで、笑顔を見ただけで、心がパーッって晴れたんだ。確かに同性愛ってまだ世間では何を言われるかわからないモノだけど、誰に何か言われようと、俺様、まこちゃんと一緒だったらすごく幸せになれる。まこちゃんと幸せになる為なら俺様まこちゃんを何からも守りたい。まこちゃんは?まこちゃんは俺様と一緒にいたくない?・・・いや、違うか」

んんっ、と咳払いして、佐助は腕の中のまことを抱きしめ直す。

「まこちゃん、好きです。・・・俺様の、俺の、傍にいてください。俺に、まこちゃんをずっと守らせてください」

腕の中のまことが震えたと思ったら、瞳からぽろぽろと涙を零し始めた。
慌てて拭っても拭っても追いつかず、机の上にあるティッシュを取って顔に押し付けてやる。

「ぼっ、ぼぐっ、でもっ、ぼくっ、へ、へんたいでっ、ぞんなっ、ま、まもっでもらうなんでっ、」
「変態じゃないってば!相手がなんだろうと恋をするのは普通の事だってば!」
「ち、ちがうっ、ぢが、変態ですっ!僕、ずっと、ずっとおかしくてっ、」

薄いティッシュなど、すぐにぐちょぐちょと濡れて使い物にならなくなってしまう程にまことの涙の量は激しかった。


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