少年時を止める9


夕日が差しこんだ橙色の廊下は人けがなく、郷愁を煽られる暖かな色をしていた。
佐助は久しぶりにのんびりと、凪いだ気持ちでその中を歩いていた。
目に見える景色に色が付いているのを思い出したのも、それもこれも今日一日まことと以前のように穏やかに話が出来たからだろう。

休み時間になってもいつものように教室を出て行かずにまことは席に座ったままだった。
目の前の小さな背中が力んだ、と思った瞬間、不安げな顔をしたまことが振り返ったのだ。
その必死で、不安そうな表情に、どれだけ勇気を出してこちらを向いたのかが分かる。
振り向いたものの、何と言っていいのか分からずどんどんと眉を下げていくまことに、佐助は思わず手を伸ばし、その眉間をつついてやった。

「ひゃ、」
「あは、この眉毛はどこまで下がるのかなーって思って。・・・まこちゃんって顔の筋肉が柔らかい?ここまで眉毛下がってたぜ?笑顔もにこーって口角上がるし」
「ふ、普通だと思います・・・」
「えぇー?あ、そういや旦那もすっごいでしょ。グワーッってどんだけ口開くんだって程開けて怒鳴るし。団子とかおにぎりとかいくつはいんのってくらいにつっこんで頬っぺた膨らませてるし。そういやこの前、晩飯前にまんじゅう食べてハムスターみたいになってるのるの見てさぁ、大将の真似して「コラッ!」って怒鳴ったら慌てて飲みこんじゃって!喉に詰まらせてんの!」
「・・・ぷふっ・・・、ゆ、幸村さん、大丈夫だったんですか?」
「ひーっひひ、ははは!旦那、あんときすっごい慌てて!あはは!目ん玉白黒させててさぁ!」
「むっ!俺がどうしたのだ?・・・・・・なんだ二人とも!人の顔を見て笑うとは!」

そうしてそのまま和気藹々とした休み時間を過ごせた。
途中幸村が「廊下に前田殿が見えていたが、笑っているまこと殿と佐助を見たら満足げにして帰って行ったぞ」と耳打ちをしてきた。彼はまことの何様のつもりなのか。
前田慶次とまことの関係も気になるが、まことが自分を避けていた理由や顔を赤く染めた理由、色々聞きたい事がある。
そして、俺も話をしなければいけない事がある。





「まこちゃん、お待たせ。週番の仕事終わったぜ」

教室のドアを開けるとまことが一人、窓際に佇んでいた。
振り返り、こちらに向けた笑顔は、この夕日以上に温かく、穏やかで優しい表情だった。
それに見入ってしまい、ポーズではなく思わず動きを止めてしまう。

「お疲れ様です。・・・佐助さん?」
「あ、ああ。待っててくれてアリガト。じゃあ帰ろっか・・・・・・ちょっと寄り道もしていい?」
「・・・はい」

少しだけ眉は落ちたもののまことは笑顔のままで、今朝までのおどおどとした雰囲気はなくなっていた。
つついていじめたくなってしまうまこともいいけれど、こんなまこともいい、なんて事を思いながらまことを促すと、ツンと袖口を摘ままれる。

「ん?まこちゃん?」
「佐助さん、慶次さんが、話するならここ、使っていいって、」

山岳部部室、と書かれたタグがついた鍵を手の平に乗せ、まことが小首を傾げ伺うようにこちらを見上げてくる。

「山岳部の部室、部室棟の端っこで、隣は小動物部で今日は猫カフェの日だからいないって・・・二人っきりで話したいなら、使っていいよって言ってくれたんです。・・・あの、僕、佐助さんとちゃんと、二人だけで話がしたいんです・・・教室とか、人が来ちゃうような所じゃなくて・・・だから・・・お願いしますっ!」

本当に、前田慶次はどこまで何を知っているのだろうか。
前田慶次の口から出た「二人きりで」と、まことの口から出た「二人だけ」に含まれた意味がどうにも違うように思えて仕方がない。
憮然顔をしていた佐助だが、頭を下げて懇願の姿勢を取ったまことを見て慌てて止める。

「頭なんて下げないの!俺様だってまこちゃんと話ししたいって思ってたしさ。逆にありがたいっていうか・・・・・・・・・ってか山岳部って前田の旦那、そんな大層な部に入ってたんだ?」
「・・・・・・昔はちゃんと色んな山に行ってたみたいですけど、最近は山登りよりも地方のお祭りに参加する方がメインになってるみたいです」
「へえ、らしいっちゃらしいよねー」
「そういえば佐助さんはどうして部活に入らないんですか?」
「いや、俺様多才じゃない?どの部に入ろうか迷ってる内に今に至るというか・・・」
「佐助さん、運動もできるし勉強も、お料理も上手なのに・・・もったいないです・・・」
「え、あ、ありがと、いやー改まって言われると俺様照れちゃうなぁー・・・」

二人並んで部活棟まで行く間、お互いどこかうわの空でとりとめのない事を話す。
途中、校舎内に残っていた生徒とすれ違う時があったが、その時だけまことが妙に自分と距離を空けようとしているのに気が付いた。
二人きりだと以前のように・・・いや、以前よりも懐こく話しかけてくるというのに、何がそうさせるのだろうか。
夕暮れの校舎、二人きりの廊下、自分の隣でニコニコと話をしているまことの顔を盗み見て佐助はそっと目を眇めた。
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