少年時を止める8


それから佐助はこの超能力を『ポーズ』と名付け、まこととの距離を取り戻す為に駆使したのだが、それは裏目に出ているようだった。
目が合った瞬間にポーズをかけてまことを抱きしめ擦り込みをする。
ポーズを解除すれば、その度にまことはハッと震え、顔を真っ赤にし、瞳を潤ませ佐助を見上げてくるくせに、いざ近づこうとすると逃げてしまうようになった。
無視どころの話ではない、逃げられるのだ。
佐助に気付いた瞬間、真っ赤になった顔を伏せ、逃げていく。
意識されすぎちゃった?なんて楽天的に考えようにも、紅潮した表情は酷く強張っており、佐助が渇望している幸せそうで恥ずかしげなハニカミ顔などかけらも伺えなかった。
自分達を端から見守っていた幸村が、ついに見兼ねてまことに佐助を避ける理由を尋ねたのだが、ただ「僕が悪いんです」と一言だけしか返してくれなかったと言っていた。



そんな、作戦の為の『目を合わせる』という段階すら難しくなっていたある日の事だった。
朝のさざめきが騒がしい昇降口で、隣のクラスの前田慶次と仲良さげに登校してきたまことを見て、佐助は久しぶりに意識せず時を止めてしまった。
微笑みながら寄り添う二人を見た瞬間、高い耳鳴りが響き、カッと目玉の奥が熱くなり、吐き気に似た暗く重い気持ちが腹の奥から激流となってこみ上げる。
止まったのは周囲だったはずなのに、佐助自身も動けない。
それ程までに前田慶次とまことの二人寄り添う姿に衝撃と、暗い気持ちを抱いてしまった。

「・・・んで・・・なんで、なんでっ!なんで二人が仲良くなってんのっ?!まこちゃんもなんでそんな顔、そんなかわいい顔っ!前田の旦那に見せてんのさっ!まこちゃんっ!なんでっ?!」

「マジでなんなんだよ!」そう、激情にまかせて前田慶次に掴み掛かろうとした手をすんでで止めた。

───今なら、自分よりも一回り大きい前田慶次をどうにでもできる。それこそ完全犯罪だって・・・ポーズを使えば自分はなんだってできてしまうのだ。例えばまことを裸に剥いてあられもない写真を撮ったり、そうだ、裸にしたらそれ以上だってしたくなる。まことが一人自室にいる時にポーズをかけてしまえば、誰に何をされたかなんて分かるはずもない───

そんな妄想を一瞬でも思い浮かべ、そんな自分に吐き気がしたからだ。
まことの隣で鼻の下を伸ばして笑っているように見える彼が非常に妬ましい。
そしてポーズをしている時でなければこうして本音が言えない自分が浅ましい。

限界だ、と思った。

この力は便利だけれども、こんな使い方しかできない自分が酷く矮小で、どれだけ浅ましいのかが浮き彫りにされる気がする。
これ以上自分を嫌いになりたくない。惨めになりたくない。



前田慶次に伸ばしかけた手をグッと握りしめ、佐助はバンダナを締め直し、顔を上げた。
少しだけポーズをかける前とは違う、二人に気付かれる場所に移動をしてから解除をする。
朝の忙しないさざめきが戻った中、先に佐助に気が付いたのはまことだった。
笑顔を浮かべていた顔を強ばらせ、ピタリと足を止めた姿に隣にいた前田も顔をこちらに向ける。

「おっはよ、まこちゃん。前田の旦那と一緒なんて、いつの間に仲良くなってたのさー」
「よ、猿飛!いやぁさっき偶然駅でばったり会ってさ!まことは最近話するようになったんだ!まこってなぁんか放っておけ──」

思わずポーズをかけ「『まこ』って何?!『まこ』って二回言った!なにそれ!ちょっとアンタ!いつの間にそんな名前で呼ばれる程仲良くなってんのさ!」と怒鳴り声を上げて地団太を踏み、取りあえず鬱憤を晴らし、深呼吸を繰り返して冷静さを取り戻す。

「──ないタイプじゃん?」
「あは、確かにまこちゃんってちょっとウサギみたいな所あるからね」
「う、うさぎ・・・」
「でも俺様悲しい・・・っ!最近まこちゃん俺様に冷たいし・・・真田の旦那も部活で遊んでくれないし・・・俺様がウサギだったら寂しくて死んじゃってる所だぜ?!」
「なぁに言ってんのさ。猿飛は猿だろ?ウサギって柄じゃねぇよ!」
「なっ?!失礼だねアンタは!猿って言うな猿って!」

ははは、と朝の爽やかな雰囲気に合う笑い声を上げた前田慶次の影から、まことが慌てたように飛び出てくる。

「あ、あっ、僕、避けて、その、ご、ごめんな」
「あ!違う違う!謝らないで!もしかして俺様が何かしちゃったのかなって思っててさ。だからさ、まこちゃんいつでもいいから放課後空いてない?もしもまだ俺様と仲直り、してくれる気があったらでいいからちょーっと付き合って欲しいかなって」

頬を指で掻きながら苦笑を返すと、まことは眉を下げ、縋るように後ろの前田慶次を振り返る。
それにカチンとしながらもポーズが暴走しなかったのは、小声で「行って来なって、頑張れよ!」という前田慶次の声が聞こえたからだ。
このまことの行動の理由を知っているらしい彼に嫉妬を抱きながらも、まことの背中を押してくれたのはありがたいと感謝する。
まことは前田に向かって小さく頷いてから、こちらを振り返った。

「・・・放課後、今日で大丈夫です。あの、佐助さん、色々、ごめんなさい・・・」
「だ、か、ら!謝んないの!あー、もうそんな悲しい顔しないでよ。まこちゃんには笑顔が一番似合うんだから」
「おっ!いい事言うねぇ!そうそう笑顔が一番!」

ほら、笑って笑って?と前田慶次と二人で笑顔を向けると、頬を赤く染めたまことがふわりとはにかんだ。
その久しぶりの自分に向けてのまことの笑顔に、佐助は胸の奥がじんわりと暖まって行くのを感じる。

『やっぱり俺、まこちゃんが好きだなぁ・・・』

自分が嫌いになってしまいそうな程の自己嫌悪で暗く落ち込んでいた心を、いとも簡単にあっさりと拭ったまことの笑顔に、佐助は改めてそう思う。
放課後、決着をつけよう。まことにきちんと卑怯な手を使わずに自分の思いを告げて、そしてきっぱりと振られよう。
しばらくは辛いし、ぎこちなくなってしまうかもしれないが、今よりももっといい友情を築けるはずだ。

「あは、やっぱりまこちゃんには笑顔が似合うよ。ン、それじゃ放課後よろしくっ!俺様週番だから先に行ってるね!」

佐助はここしばらく見られなかった心からの笑顔を浮かべ、まことと前田慶次に手を振ると校舎内へと駆けて行った。

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