そうしてまことを十分に堪能し『さて、どうなるか』と時が止まる前と同じ、まことの視線の先に戻る。
これで少しでもまことの気が自分に向き直ってくれればいい。
欲をかけば自分を意識しまくってくれればいい。
祈るような気持ちでまことを見つめながら時の流れをもとに戻す。
耳に周囲の音が入ると同時に、佐助と視線を合わせているまことのまぶたがくわりと見開かれた。
半開きだった唇からヒュッと空気を飲む音が漏れ、その場にへなへなと座り込んでしまった。
「まこちゃん?!」
「まこと殿?!」
慌てて駆け寄ると、まことは首から耳たぶまで真っ赤に染め、両手でうなじを抑えて茫然としていた。
赤いうなじにぷつぷつと鳥肌が立っているのを見て『まこちゃんは感じやすい。うなじが弱点。』と佐助は脳内のまことメモに追記しながら視線を合わせるようにしゃがみこむ。
「まこちゃん、大丈夫?いきなりどうしたの?ほら、俺様に掴まって・・・」
手を伸ばせば、潤んだ瞳で縋り付くように見上げられた。
ここ二日のぎこちなさなど感じさせないその視線に佐助のテンションはググッ、と上がり、自然に頬が蕩けて笑顔が浮かんでしまう。
「さ、さ、さすけさん・・・・・・・・・ッ!ダメッ!」
作戦は成功したかに思われた。
もう少しでまことの意識がある内に久々にこの身体に触れられる、あと小指の爪ほどの距離、という所で、しかし佐助の指先はまことに払われてしまったのだ。
パシン、という軽い音と小さな衝撃は、浮上しかけていた佐助の心を激しく動揺させた。
「あ、あ、ご、ごめんなさい・・・ごめんなさいっ!」
笑顔のまま固まってしまった佐助の視界にまことの蒼白な顔が映り『さっきまで真っ赤だった顔なのに、そんなに血を昇らせたり引かせたりして身体に悪いんじゃ。そういえば大将も最近血圧だか糖尿がどうのこうのって言って晩酌を焼酎に変えていたっけ』とその場に関係ない事が浮かぶ。
まことが顔をくしゃりと歪め、脱兎のごとく逃げ出しても、佐助はそんな明後日な事を考えながら指先を払われた体勢のまま硬直していた。
中腰のまま止まってしまった佐助に、幸村が彼らしからぬ思案顔で固まったままの肩を叩く。
「さ、佐助、その・・・まこと殿と何かあったのか?最近二人の仲が、こう、妙にぎこちなく感じるのだが・・・」
「・・・・・・・・・ぜっんぜんわかんない・・・俺様も理由、知りたいっての・・・」
「だ、だが!まこと殿は理由なく、いや!理由があっても!あんな風に人を拒絶するような事はしない、できない御仁だろう!何か、何かきっと深い理由があるのだと思う・・・だから佐助、そう落ち込むな・・・」
「深い、ワケ、か・・・」
なんで自分のこの超能力は『時間を止める』なんて事しかできないのだろうか。
もっと人の心を覗けたり、人の気持ちを自分に向けたりする能力だったらよかったのに。
そんな考えてもしょうがない事にまで思いが至り、そしてこんなわけのわからない能力に縋るような自分はなんて情けないんだろうとまた肩を落とす。
「佐助・・・俺は・・・俺はっ!ふ、ふ、二人の仲がっ!どっ、ど、どのようなものであっても応援するぞっ!お主達とはずっと友でいると誓うっ!だから周囲の目なぞ気にする事なく思うが侭に行くがよいっ!わかったか佐助っ!」
「いでっ?!ちょっと!旦那何すんのっ!だいたい俺様とまこちゃんの仲って!応援って何さ・・・恥ずかしいんだから・・・ったく、もー・・・・・・」
消沈する佐助を必死に励まそうとする幸村の声も、殴るように肩を叩く手も、どちらもとても暖かかった。
その幼馴染の温もりがあまりにも心に染みて、思わず涙がこみあげてくる。
慌てて時を止め、無音になった世界に自分だけがうめき声を上げてその場にうずくまる。
「・・・面と向かってじゃ恥ずかしいからここで言わせてもらうけど、・・・ありがとね、真田の旦那。俺、頑張ってみるよ・・・」
・・・やっぱりこの超能力はちょっと便利かもしれない。なんて事を思いながらしばらく無音の世界で佐助は一人、涙を流していた。