少年時を止める5


一度幸村を視界に入れると周囲が気になり始めてしまう。
彼等には分からないとはいえ、衆人環視の中さすがにこれ以上の事はこんな状況ではできやしない。
身の内を煽っていた熱が引き、冷静になった頭で改めてまじまじとまことの顔を見下ろした。
柔らかい髪はくしゃくしゃに乱れ、制服はしわしわだ。頬が擦れた唇も、先ほどよりも大きく開いていて、口腔の濡れた粘膜が覗いている。
多少冷静になったせいか、そんなボロボロな状態のまことに罪悪感がこみあげてしまい丁寧に身支度を整えてやり、先ほどと同じように椅子に座らせる。
でも、あんなに無体な事をしてしまったというのに、まことの唇、そこにだけはなぜか触れられなかった。

「俺って・・・変な所で純情なのかも・・・」

自分の身支度も整えて時が止まる前と同じようにまことの前に座る。
相変わらずかわいらしく微笑んでいるまことを見つめ、そういえば、と慌てて携帯でその姿の写真を収めておく。
よし、とその画像を確認して満足げに頷いていると、ふいに何か強い予感に襲われた。
時間が進む、元に戻る、大丈夫、という安堵と、もったいない、もっと何かできたのでは、まこととキスをすればよかった、という残念な思いが胸にこみ上げ、耳に音が戻ってきた。


一番最初に聞こえたのは「うおおおお?!」という伊達の叫び声だった。
ガラガッシャーン!と机を薙倒す激しい音が聞こえ「政宗殿?!」「筆頭?!」「筆頭がいきなり吹っ飛んだぞ?!」「さっすが筆頭!超COOLだぜ!」という歓声が後を追う。
なんだか大変な事になっている、と思いながらもそちらを向けなかった。向く余裕がなかった。
目の前のまことの様子がおかしかったからだ。
時が流れ始めた瞬間、びくり、と身体を強張らせ、小さく息を飲んだようだった。
きょろきょろと周りを伺ったかと思うと目の前の佐助の顔に視線を定め、じっとこちらを見つめたかと思うと、次第に顔を真っ赤に染めていく。
そんなまことに佐助は心臓が壊れるのではないかという程に緊張を煽られる。

「え?え?何?まこちゃん?・・・急に、どうか、した・・・?」

気付かれてしまったのか、時が止まっている間は何も分からないと思っていたのは勘違いだったのか。
どう言い訳しよう、どう誤魔化そうか、それとも正直に打ち明けるべきか、と瞬時に色々なパターンを脳裏に走らせる。
が、しかしまことは頬を赤く染めたまま、佐助から視線を反らし、小さく小首を傾げると不思議そうにまた周囲を伺う。

「いいえ・・・なんでもないんです・・・けど、・・・・・・・・・なんだか・・・誰かに・・・だ、抱きしめられたような・・・」
「ええぇ?!」

佐助の驚愕の声に、まことは先を促されたのかと思ったらしく、ぐっと顔を伏せると真っ赤になった耳だけを佐助に晒してぽつぽつと言い募る。

「あの、その、・・・佐助さんに好きって言った時だったから、・・・佐助さんに・・・ぎゅって・・・されたみたいで・・・・・・つ、つまり!僕の気持ち、受け入れてもらえたみたいで嬉しかったんですっ!」

早口でまくしたて、こちらを見上げたまことの顔は火を噴くのではないかという程に真っ赤だった。
丸い瞳が潤んでいる。はぁ、と小さく息を吐いた唇の上を小さな桃色の舌先が掠めていく。あの唇はさっき自分の頬を擦ったものだ。つまり今まこちゃんは俺の頬を舐めたも同然、なんて馬鹿らしい考えが佐助の脳裏に浮かぶ。
そんな妄想ができる程度には佐助のショックも回復し、更に自分の所業がばれていなかった事、またまことの表情・言葉の端々から『自分に抱き締められても嫌ではない、むしろ嬉しい』というニュアンスを汲み取り、気分が一転し、天にも舞い上がりそうになっていた。

「それってさ、まこちゃん、つまり──」
「っ、っ、すいません、な、何言ってるんだろう僕!そんな事ないですよねっ!佐助さん、ずっと目の前にいましたし!そ、それ以前に僕たち男同士ですし!抱き締めるとかそんな!あは、あはははは!」
「あ、ああ!そ、そうだよね!うんうん!俺様ずっとここから動いてなかったし!だ、抱き締めて・・・な、ないない!ってか抱き締められないよねー!」

あはは、あはは、としばらく二人でわざとらしく笑い合っていたが、あはは、ハァ、と同時に息を付いたせいでシン、と空気が止まってしまった。
そのまま二人、ぐっと押し黙る。
いつもの通りおちゃらけて何か会話をするべきだ、と思う佐助だが、目の前で口を噤み、俯き加減で緊張しているまことの雰囲気が先ほどまでとまったく違うのに思わず声を詰まらせる。

まことが、自分を意識している・・・!

『安パイ切って場を濁すか・・・いや、何を怖気づいているんだ、このチャンスを生かして畳み掛けるしかない、早くまこちゃんと、もっと、もっと、もーーーっと深い仲に・・・!』

佐助はそう意気込むと「あの、さ。・・・さっきは『好き』って言ってくれてアリガト。嬉しかった・・・。・・・でも、でもさ!俺様は、俺はっ!」と声を上げて、そこでシン、としているのは自分達だけではないと気が付いた。
周囲までもが静まり返っているのだ。
また時間が止まってしまったのか?!と焦って首を巡らせると、そんな事はなく、ただただ周囲のクラスメイト達が息を飲んで自分たちを注視しているだけだった。
その一気に受ける大量の視線に顔を上げたまことと二人、ビクウッと体を震わせる。

「・・・えっ、な、なんなのさ・・・」
「佐助・・・まこと殿・・・二人は、その、すすすすすっす、き、とか、だ・・・だだだだだだ、抱、く、なんぞ、つ、つまり、こ、こ、こ、こいこ、こい、・・・・・・っ、は、破廉恥・・・破廉恥でござるっ!う、あああああああああーっ!」
「えっ?!」

目の前で佐助とまことのを交互に見つめていた幸村が、顔を真っ赤にすると野太い雄叫びを上げながらどこかへと去って行った。
それを切欠に、静まり返っていた教室は一気にどよどよとざわめき始める。
至る所に埃と細かな傷を付けた伊達が、まことを見つめながらあの人の悪そうな笑顔を浮かべて近くの舎弟リーゼントに何事かを囁いているのを見つけ、佐助はむっと眉を寄せる。
更にざわめきの中から「アノ猿飛がなぁ」「猿飛と宝野が・・・」「宝野って意外とさぁ──・・・」と自分達の名前が聞こえ、思わず「何か言いたい事があるなら直接言えよ!」と怒鳴り散らしてしまいそうになる。
とはいえ、確かにこんな大衆の面前でやる事ではなかっただろう。
ああいうのはもっといい雰囲気の中、二人きりでしっぽりと・・・と何度目かの妄想の世界に飛びそうになり、小さく咳払いをしてからまことに視線を戻す。
そこには、顔色を真っ赤にしたり真っ青に染めたりと思わず血圧の心配をしてしまう程の百面相をしているまことがいた。

「うえっ?!まこちゃん、大丈夫?すっごい顔色してるけど、」
「だっ!大丈夫ですっ!・・・大丈夫、全然、大丈夫です・・・」

全然大丈夫そうではない声色で返事をしたまことが自分との距離を小さく一歩幅分空けたように思えたが、再び雄叫びを上げながら戻ってきた幸村のせいでうやむやになってしまった。
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