少年時を止める2


しかし、そのありがたく頂戴した友人の座を、佐助はすぐにでも返上したくてたまらなかった。
まことがかわいくて、かわいくて、かわいくて、早く友人以上の関係になりたくてどうしようもないのだ。
幸村が昔拾ってきた子猫、結局飼いきれなくて遠方の知り合いの北条のじいさんの家に里子に出してしまったあの白い子猫、あれを初めて見た時と似ている。
一挙一動がかわいくて、ずっと見ていたくて、見ているだけでは足りなくなってそっと撫でてみるとその温もりが愛おしくて、もっと撫でていたいけれども撫でているだけでは足りなくなって、抱きしめてみると自分に擦り寄ってきて、触れ合っているだけで幸せで、でももっともっと幸せになりたくて、つまり腹の底から尽きる事のない愛が湧いて湧いてしょうがなくなるのだ。
佐助にとってはそれほどまでに大切な子猫だったのに、里子にやってしまった幸村にどれほどの怒りを抱いたか。
ひょうひょうとした人当りの良い佐助が無表情に背中に闇を渦巻かせ、あれほど甘やかして世話を焼いていた幼馴染の幸村を責める様は今でも近所の語り草になっている。
それから幸村やご近所さんには『怒らせたら怖い奴』というイメージを持たれてしまった佐助だが、怒髪天をついたのはその時だけだしあの子猫程佐助の心を揺さぶるものにそれから出会う事もなかった。

そういえば、まことはあの子猫に似ているかもしれない。
三人とも同じクラスだと分かるとまことと女子のように手を取り合って喜んだ。その小さく飛び跳ねる様子も自分の足にじゃれてきていたあの子猫のようだ。
ちょっとした手段を使って席替えはまことと自分で前後に並び、授業中じっと飽きることなく前の席のまことを見つめる。
ふわふわの髪も、そこからちょこりと覗く耳朶も、大き目の制服の中で泳ぐ小さな身体も全部かわいい。
休み時間、こちらを向いてはにかみながら話しかけてくる様に、佐助はくらりとした眩暈を感じる程心身ともに昂ぶってしまった。

でもまことは子猫ではない。

どれほどかわいいと、愛しいと思っても、思うがままに触れる事はかなわない存在だった。
まことは愛玩動物ではなく、意思のある人間なのだから。
まことは小柄だから、自分がちょっと力を出せば好き勝手にできてしまうだろうけれど、もしもそんな事をして嫌がられて、泣かれて、嫌われてしまったら───・・・それはそれでグッとくるかもしれない・・・。

「・・・?佐助さん、いい事ありました?なんだか嬉しそう・・・」
「っ、あ、あは、あはははー、そう、かな?あはは、あは」
「はいっ!にこにこーって、とっても嬉しそうでした!佐助さんが笑顔だと僕も嬉しいです!何かいい事あったんですか?」
「っ、え、いや、その、あのさぁ、まこちゃん、まこちゃんさぁ、俺様の事好き?」

まことにアレやコレやして、ダメダメヤメテ、と泣き喘がれる不埒な妄想をしていた所を本人に見られてしまい、さすがの佐助も思わずびくりと肩が跳ねる。
追い打ちに喰らった『佐助さんが笑顔だと僕も嬉しい』という発言と、にこにこしているまことの視線の真っ直ぐさに、はしゃいで焦って頭が混乱してしまい、ついつい口から零れた本音交じりの質問に、ちょっと男友達の域を超えているかも・・・と不安を覚えた。
もしも自分が幸村にこんな質問をされたらキモッ!と叫んで反射的にビンタしてしまうかもしれない程度には気持ち悪い質問じゃないか、と増々慌てて「っ、っ、ってゆうか!ってゆうかさぁ!まこちゃん昨日のドラマ見た?!」と何か新しい話題を振ろうと大げさに手を振りながらまことに向かって話しかける。
妄想の中ではまことに罵られる事に興奮をしてしまうけれど、実際現実ではまことに「気持ち悪い」と拒否される予感にこんなに怯えてしまうのだ。
しかしそんな佐助の新しい話題は「はいっ!」というまことの元気な返事にかき消された。

「僕、佐助さんの事好きですっ!」
「・・・・・・あー・・・あ、りがと・・・・・・・・・」
「はいっ!・・・・・・へへ、でも改めて言うとちょっと恥ずかしいです・・・」

大きな瞳をきらきらとさせて嬉しそうに告白をしてくるまことに、しかし佐助は腹の奥にブラックホールが空いてしまったような虚無感を抱いた。
なんでも吸い込むその穴に感情のすべてが飲みこまれてしまいそうだ。
まことの『好き』と自分の『好き』が、当たり前だけれども大きな違いがある事に、改めて気づかされた。
こんなに爽やかに、にこやかに、『好き』なんて言って欲しくない。
目の前で微笑むまことが可愛くて愛しくて憎らしくてたまらない。

そんな好意は欲しくない!

ぐわり、と腹の底から何かが湧き出てくる。すべての感情を飲みこんだ穴から、今度は何かが逆噴射しようとしているようだ。
これはいけない、このままではいつものように笑えない、もう頬が強張っている、発作的にまことに酷い事を言ってしまいそうだ。

「まこちゃん、ゴメン、俺様トイレ」

返事を聞く前に席を立ち、ガツンと近くの誰かに肩をぶつけたが謝罪もせず、その場から逃げるように走り去った。
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