森物語:冬椿3


白い雪原の上に、ポツポツと小さな穴が開いている。
そのまことの小さな足跡は、小さな歩幅を新雪の上に描きながら真っ直ぐに寒椿の茂みへと向かっていた。
白く吐息を弾ませたまことは近くで見る肉厚な花弁を持つ真っ赤な椿にいよいよ相好を崩し、その場で幾度もキュッキュッと嬉しげに飛び跳ね雪を舞い上げる。
しばらくそうして感動と興奮を全身で表していたが、近くの茂みから響いたバサリという落雪の音で我に返ると、一つ咳払いをした後ぺこり、と椿にお辞儀と挨拶をして手を伸ばした。

「お花、一つだけ下さい・・・ごめんなさい・・・うんっ、しょ、・・・・・・あれ?」

その手の指先も、笑みを浮かべた頬も、寒さと興奮の為に椿にも負けぬ程真っ赤に染まっている。
しかし、赤い指先で掴まれた瑞々しい椿の枝はなかなかまことの力では折る事ができず、揺すられた枝から雪が落ち、深緑の葉が覗くばかりだ。

「んーっ!んっ!っ、ひゃ、」
「はい、どーぞ、カワイイ子リスちゃん」

そうしてしばらく格闘し、椿の枝から落ちた雪がまことの頭にたんまりと降り積もった時だった。
必死に引っ張っていた手の平に小さな重みが乗るのと同時に、耳元に優しい声がかけられる。
それは今日の日差しのように明るい声だったが、何故だかまことの肩はビクリと揺れ、おどおどと首を巡らせ声の持ち主を振り返った。

「あは、驚かせちゃった?ごめんねー?一生懸命頑張ってるからさ、お手伝いしてあげようかと思って」

振り返った先にいたのはオレンジ色の狐だった。
慶次までとは言わないが、まことの何回りも大きな狐は優しく弧を描いた瞳で茫然と立つまことの頭からつま先までをじっと見つめ、殊更に目元を緩ませる。
ひくり、とまた肩を引くつかせたまことに微笑みかける口元からは、鋭い牙が覗き、陽の光を鈍く反射させていた。

「あ、あ、あり、ありが、ありがとう、ござ、ます」
「・・・ぷっ、っく、クク、ごめんごめん、でもそんなに怖がらなくってもいいんじゃない?いやー、今日は久しぶりに天気がいいから目が覚めちゃってさぁ。俺様の住処、ここよりもっと南の森なんだけどちょーっと足伸ばして散歩に出てみてよかったよ。こんなかわいい子リスちゃんと出会えるなんて、ね?」

狐は明るい声でそう笑うと、クッと腰を折り、俯いて震えるまことの顔を覗き込んだ。
狐の影に入り、視界が暗くなったまことはヒュッと小さく息を飲み、急に感じ始めた寒さのせいだけではなく震えはじめる。

「子リスちゃんもこの日和でいい気分になっちゃったんだろ?あは、こんなに雪かぶっちゃって。・・・危ないから、俺様送って行こうか?」
「へ、へ、へいき、だ、だ、大丈、夫、」

自分をジッと見下ろすその茶色い色の瞳に浮かぶ細い瞳孔に、まことの本能が激しく警鐘を鳴らす。
小動物だから、捕食される側の生き物だからこそわかる感覚だった。
このまま、ここにいてはいけない、この狐から早く逃げなければならない。
しかしそう思っていても恐怖で怯えきった身体は縮こまってしまってそう簡単には動けない。

「あらあらー、こんなに震えちゃって。寒いの?それとも、」

「俺様が怖い?」とまことのすぐ耳元で囁いた声は、それまでの明るい声色と違い、低く、感情がこもっていなかった。
その声音にまことのばくばくと高鳴っていた心臓は完全に凍り付き、尻尾は毛が逆立って大きく膨らみ、見開かれっぱなしだった瞳からはぶわりと涙が溢れ、震える内股には温い小水が伝い落ちていく。

「ちょっ、尻尾でかっ!・・・・・・って、あれ?子リスちゃん・・・・・・お漏らし?・・・あっは!かっわいいー!尻尾こんなにふくらませて、耳もこーんなにぺったんこに寝ちゃって!今のそんなに怖かった?ごめんごめん!ほーらほら、深呼吸して、落ち着いて、落ち着いて、」
「ひっ、ひぅ、ぅ、っ、ひっ、っ、やっ、───っ!」

まことの小さな頭に乗った雪を払おうと狐の手が伸びた瞬間、その鋭い爪を視界に入れたまことは咄嗟にその手を振り払った。
やっと動くようになった身体に、まことは身を翻すと狐を振り返る事なく全力で来た道を駆け逃げる。

何も考えられなかった。
少しでも速度が落ちればあの狐の鋭い爪に捕まってしまう気がして、頬を流れる涙も、内腿に伝う尿もそのままで、まことは今までにないくらい必死に足を動かしただひたすらに巣穴を目指す。

「っ、さ、じ、けいじさ、けいじさんっ!」

そうして飛び込んだ巣穴は先ほど自分が出て行った時のまま、自分と慶次の匂いに包まれ温かかった。
その飛び込んだ勢いのまま、まことは奥で寝ている慶次に飛びかかり、ぎゅうぎゅうと脇に顔を埋めてむせび泣く。
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