森物語:冬椿2


慶次が眠りについてからしばらく経ち、一面暖かな色の枯葉に包まれていた山は真っ白な雪に覆われた。
その山の色がだんだんと変わっていく様子を、まことはずっと暖かな巣穴の中、暢気ないびきをかく慶次にくっついて蜂蜜を舐めながら見つめていた。
いつもなら色々と節約しなければならない季節だが、今年は慶次がたくさん運び入れた食べ物や暖房具、そして慶次自身がいる。

「慶次さん、寒くないですか?風邪ひかないでくださいね?ほら、もっと尻尾かぶってください!・・・ふふ、顔までもぐっちゃった・・・ふふ、」

まことにとって、慶次は初めての友達だった。
初めて自分の尻尾を褒めてくれた人で、初めて自分に大好きと言ってくれた人で、初めての喧嘩相手で──と、まことのほとんどすべての初めてを奪っていった大切な、大切な友達だ。
自分の巣穴で無防備に笑顔を浮かべて眠る慶次を見て、まことは心が弾んで浮き足立ってしまうのを必死に抑えて小さく震えていた。
絶対に春までこの笑顔を浮かべさせていてあげよう、風邪なんか引かせないようにしよう、と強く誓い、まことは慶次が寒くないように、寝心地が良いようにと、沢山栄養のあるものを食べてコンプレックスの塊だったはずの尻尾の毛並を整え、慶次の願い通りいつも隣にいてやりそれを布団にしてやった。
とはいえ、最初こそ薄いガラスでできた宝物を扱うように、丁寧に、慎重に、眠る慶次の世話を焼いていたが、床に落ちている枯葉に滑って慶次の顔の上に尻もちをついてしまっても、ニマニマと笑って寝ているだけの姿を見てからは、どんどんと慶次に触れる手は大胆になり、上下に揺れる腹を布団代わりにしてみたり、勝手に腕を持ち上げて枕にしてみたり、長い髪を色々な形に結い上げては綺麗な紅葉を飾ってみたりと最近は良いオモチャになってしまっている。
毎日毎日慶次が手入れをしてやっていた尻尾は、まことの見よう見まねの必死な手入れと豊潤な食糧のおかげで慶次が眠りについてからもその輝きと柔らかさを失うことなく、柔らかい極上の触感はますます慶次の眠りを深くさせた。
そしてその栄養は尻尾だけではなくまこと自身にも巡っているようで、吹雪が激しく寒い日が続くというのにまことの頬はまん丸と艶めき、赤く色づいていた。
身体つきも冬の動物には見れない肉付きがいいもので、秋の頃よりも腹や尻に柔らかな肉がついているようだった。

「慶次さんっ!今日も雪、止んでますっ!きっともう少しで春になりますよ!」

慶次の上で寝転がっていたまことは顔に当たる陽の光にハッと飛び起きると、むにん、と柔らかな太腿で慶次の胸元を挟み、顔の上に両手を突き、背筋を伸ばして明るい窓の外を覗く。
こんもりと雪を乗せた枝々の奥に雲一つない青い空が広がっている。
そこに燦々と照る久しぶりの太陽に、木々の上に積もっていた雪が落ち、あちこちが騒がしい。
まだ冬は本格的になったばかりでこの温かさが中だるみだという事を分かっていても、久々に感じる陽の温かさにまことを含めた冬の森の動物たちの心はどうしてもはしゃいでしまうようだ。
小鳥が数匹ぴちち、と窓のすぐそばを通り過ぎ、仲良さそうにくっついてはつつき合ってじゃれているのをまことはジッと静かに見つめていたが、その尾は常に覆っているはずの慶次から離れ、ふらふらと揺れて床に落ちた枯葉を集めている。

「・・・慶次さん・・・こんなに暖かいんだから、ちょっとくらい、起きてもいいのに・・・」

うず、と動物の本能が外に出て遊びたい、と訴えるが、理性と経験はこういう時こそ一番危険なのだと警鐘を鳴らしている。
今も目の前でどさどさと落ちている落雪に巻き込まれたら小柄なまことには大事になってしまうだろうし、陽気に浮かれて巣穴から起きてくるのはまことや小鳥だけではない、危険な獣だって同じなのだ。

「春になるまで、がまん・・・春になったら、慶次さんと一緒に、たくさん『コヅクリ』して遊ぶから・・・」

きゅっと小さな手を握り締め、陽の射し込む窓から顔を反らすとまことは慶次の脇へ顔を埋める。
そのまま濃い慶次の匂いに包まれてスンスンと鼻を鳴らしていたが、しばらくするとまたおずおずと顔を上げて窓の外を覗いてしまう。
昨日、今日と晴れたけれども、明日にはまた吹雪になってしまうかもしれない。
そうしたら本当の春まで太陽の下に出られないかもしれない。

「ちょっとだけなら・・・・・・・・・っ、だめっ!がまんっ!がまん、がま・・・ん・・・ぁ・・・」

とうとう慶次から離れ、窓に両手をついて外を見つめ始めたまことの瞳に、真っ赤な何かが映り込んだ。

椿だ。

真っ白な雪原に、真っ赤な椿が浮いている。
髪に紅葉の枯葉を付けていびきをかく慶次を振り返り、しばし見つめた後まことはまた窓の外に向き直る。
まことの大きな瞳には、もうあの椿しか見えていなかった。

あの真っ赤で艶やかな椿を慶次さんにあげたい。
慶次さんにあの椿はとっても似合うだろう。

紅葉の枯葉より、真っ白な綿よりも、あの真っ赤な椿はとても魅力的に見えた。
まことは自分の想像の中の椿を簪にした慶次に興奮し、いてもたってもいられなくなり、大きな尾を振りながら地団太を踏み、キュッキュッと嬉しげに声を鳴らす。

「素敵ですっ!絶対、絶対慶次さんに似合いますっ!慶次さんっ!いま、今、取ってきますっ!ふふ、大人しく待っててくださいねっ!」

くるり、とまことはその場で一回りをし、大きな尻尾にくっついていた枯葉を剥がし、慶次の髪につけていた紅葉ももぎ取ると、そのまま頭を抱えて頬擦りをする。
そうして春になるまで我慢して、慶次と一緒に外に出ようと決心した事も、外はとても危険だと躊躇していた事も、すべてを忘れてしまったまことは首元にマフラーを巻くと数か月ぶりに一人きり、小さな巣穴を飛び出した。
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