森物語:冬椿1


子リスのまことにとって、長く寒い冬はどこか寂しいものだった。
大きな雪がぽたぽたと落ちる音を聞きながら、ふわふわの枯葉や藁が詰まった暖かな巣穴で、ほくほくのどんぐりや小芋を頬張り、たまにクルミを齧って過ごす季節。
森の皆はまことを見るたびにその大きな尻尾をからかってきたので、最初はそんな彼らに会う事もなくいじめられないこの季節を喜んでいたのだが、一人で長く過ごしていると彼らのからかいの声すら懐かしく感じてきてしまう。
毎年、早く雪が解けて春にならないかな、と巣穴の窓から外をみつめ過ごす冬。
しかし今年は違うのだ。

「慶次さん」

まことは傍らでぐぅぐぅと眠る慶次に近づくと、ゆったり上下に呼吸をする固い腹に乗りあがる。

「慶次さん、今日は雪が止んでお外、キラキラきれいですよ」
「うむ、うぅん・・・まこ・・・」

まことの何倍も大きくて鍛えられている体を持つ慶次は、まこと一匹程度腹の上に乗って跳ねても何ともないようで、むぐむぐと寝言を呟いてそのまま目を覚ますことがない。

「ふふ、慶次さん、よだれ垂れてるの」

まことは慶次の胸板に頬づえをつき、幸せそうにいびきをかく慶次の涎を拭ってやった。


今年の冬、まことは一人ではなかった。
猿なのに冬眠をするという慶次は、冬の間一人きりになってしまうというまことの話を聞くと、まことの家で冬眠すると言い張ってきかなくなってしまったのだ。

「でも、僕の巣は慶次さんには窮屈じゃないですか?そ、それに、僕冬眠した事ないから冬眠用のお布団もないんです!慶次さん、風邪ひいちゃいます!」
「ええー?窮屈な方が冬は暖かいだろ?あ!なんなら俺の事布団代わりにしてくれてもいいし!・・・・・・うん、うん!それすっごく良くないかい?!まこの一匹や二匹腹に乗ったって痛くもないし!はは!そんでもってさぁ・・・」

眉を垂らして困った顔をしているまことだったが、言葉を区切った慶次にきょとんとした視線を送ると、いつものにこにことした明るい笑顔ではなく、眉をキリリとさせ、まっすぐにこちらを見つめる慶次と目が合った。

「このあったかくてきんもちいい尻尾でさ、冬中俺の事暖めててよ・・・迷惑かい?」

そして低く、甘く、耳がくすぐったくなるような声でそんな事を呟いて、コンプレックスの塊の尻尾を優しい手つきでそっと愛しげに撫でるので、まことは尻尾と腹の奥に感じるくすぐったさ、そして胸がきゅうきゅうと絞られるような甘酸っぱい気持ちに顔を真っ赤に染め「迷惑なんかじゃ、ないです・・・」と首を振る事しかできなかった。

実際、迷惑なんか感じていなかった。
本当に自分の巣穴は小さくて、大柄な慶次には窮屈ではないかと心配をしたのだ。
藁と枯葉も冬籠りをする自分の分しか用意していない。クルミの削り滓だって床に散らばってふんずけたら痛いだろう。
そう一生懸命説明すると、慶次は「なんだいそんな事!」と大きく笑い、あっという間にまことの巣穴に大量の藁と柔らかい綿、そしてまことの冬籠り用の食べ物をたっぷりと運び入れ、巣穴を綺麗に掃除すると居心地のよい寝床を作り出す。
ついでにとばかりに巣穴を拡張し、食料や藁を保存する横穴まで作ってくれた。

「慶次さんっ!すごい!すごいですっ!蜂蜜っ!蜂蜜こんなにっ!」
「へっへっへー、俺に宿貸ししてよかっただろ?って、まこはほんっとに蜂蜜好きだよなぁ・・・っ、ふぁ、あ〜ああ・・・ああー、ねみぃ・・・・・・まこ、まこ、ほら、おいで、俺が、寝ちまう前に、」

広く快適になった巣穴よりも肌触りの良い上等な綿よりも、蜜壷にたっぷりと入った光り輝く金色の蜂蜜に、まことは大きな尻尾を振り回して興奮する。
そんなまことを蕩けそうな笑みで見つめていた慶次だが、和やかで安心できる空気のせいか、いつもよりも早い時期だというのに急激な睡魔に襲われ、積み上げた綿や枯葉の上にゴロリと横になる。
今にも冬眠を始めてしまいそうな眠気を含んだ慶次の言葉に、まことはギョッと蜜壷に突っ込んでいた顔を上げると口の回りを蜂蜜でべたべたにしたまま慌てて横たわる大きな体に駆け寄って行く。

「まこ・・・・・・・・・プッ、べったべたじゃん。そんな勢いで舐めてちゃあの蜂蜜、春まで持たないかもなぁ・・・」
「だって、だって、甘くて・・・っ、っ、慶次さんっ、もう、もうお休みですか?・・・もう、春までお話できな、わぷ、」

口元についた蜂蜜を両手でくしくしと拭いながらしばしの別れの予感に涙を浮かべるまことを、慶次はひょい、と軽々と持ち上げて自分の固い腹の上に乗せる。
そのままいつものように蜂蜜の付いた口元を大きな厚い舌で優しく、丁寧に舐めとり、心地よさに緩んだ小さな唇の中にも舌を入れて舐め回す。
零れた甘い唾液を舌先で拭い、柔らかな頬を唇でついばみ、そのまま目じりに浮かんだ涙もチュッとすすり、最後に口元を拭って汚れたまことの手すらもぐりと口に頬張って、短い指の間や爪にまとわりついた蜜を舐め取ってやる。
そのくすぐったさと不思議な気持ち良さに、涙を浮かべていたまことも次第に小さくクスクス笑いはじめ、慶次を倣って目の前にある形の良い額から固い耳朶、こめかみにチロチロと舌を這わせる。
いつもならこのままお互い身体中どこもかしこも舐め回し、慶次の大きな手がまことのふわふわの尻尾の付け根をくすぐり、小さな身体をくてんくてんに蕩けさせて笑い疲れて泣きが入るまでもみくちゃにされるのだが、今日はやはり眠気が強いのか、まことの両手を舐め終えるとそのまま胸にまことを抱き寄せがっちりとホールドし、大きな欠伸を繰り返す。
慶次の細長い尾がまことの大きな尻尾に絡んでくてん、と枯葉のベッドに落ちた。
頭上の慶次の静かな呼吸と、窓の外の葉を落とした木の枝が擦れあい、カラカラと鳴る乾いた音だけが聞こえる暖かな巣穴。

「・・・慶次さん、もう、寝ちゃいます?」

慶次に問いかけるまことの声も、なぜだか囁くような大きさになってしまう。
しかしそれに慶次はハッとしたように目を開き、そして腕の中のまことを見下ろすと最近よく見るてろりと蕩けた笑顔を浮かべ、大きな耳の付いた頭にうりうりと頬擦りをする。

「もう、寝ちまうなぁ、限界だ・・・・・・なぁ、まこ、次に俺の目が覚めたら、春だろう・・・?そしたら・・・まこも『時期』がきてて・・・そしたらいっぱい・・・俺と・・・子作りしよう、な・・・?」
「こづくり・・・?」
「ああ、まこ・・・子作りして・・・そんで俺の・・・───、──・・・」

幸せそうに微笑んだまま慶次は何かをぶつぶつと呟き、優しい夢の世界に入っていく。
まことがきょとんとした顔で「こづくりって、なんだろう?」と小首を傾げている事など露知らぬ慶次だった。
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