屋上にて2


「・・・まこちゃん?」
「まこと殿・・・」
「ah?まことじゃねぇか」

給水塔の下に身を隠していた三人は、下から聞こえたその声に思わず笑みを浮かべて声をかけようと体を起こす。
が、次いで聞こえてきたのは「うおっ!眩しっ!・・・ああー今日はいい天気だなぁ・・・。へっへっへー!まこ!このまま一緒にサボっちまおうぜ?」という憎らしい程に甘い響きの低い声だった。

「あららー・・・前田の旦那もかぁ」
「ッチ、コブ付きか・・・」

そっと下を覗きこむと予想通りのポニーテールが揺れており、政宗と佐助はハァ、とため息を吐く。

「ふふ、サボっちゃだめですよ慶次さんっ!・・・でも、こんなにいい景色でお天気もいいのに誰もいないなんてすごいですっ!貸切ですっ!」

どうやらここが立ち入り禁止だとは知らずに連れて来られたらしく、悪びれた雰囲気もなく、はしゃぎながら屋上を飛び回るまことの姿に幸村の頬はとろりと緩んでしまう。
そして三人とも『二人っきりの貸切になんてさせるわけがないじゃないか』とほぼ同時にまことに声をかけようと息を吸い込んだ瞬間。

「慶次さん、ここでお弁とう・・・ンッ・・・」

給水塔から顔を覗かせ、二人に声をかけようとしていた三人はピチュリという水音とまことの鼻がかった吐息に、開きかけていた口を思わず噤む。
自分たちの真下でまことと慶次が口を合わせていた。
まことに覆い被さっている慶次の表情は伺えないが、頬に手を添えられて顔を上げているまことの恥ずかしそうに下がった眉や、ふるふると震える睫毛、じわりじわりと頬から耳たぶまでが桃色に染まっていく様子に、三人は出て行くタイミングを失ってすごすごと体を給水塔の下に隠す。

「ンッ、んふ、・・・けいじさん・・・」
「・・・まこ・・・へへへ、サボりたくなった?」
「・・・っ!なってませんっ!慶次さんっ!お弁当ですっ!」
「あはは!まこ、ほっぺた真っ赤になってら!」

そのまままことと慶次は上にいる三人の事など露知らず、いちゃいちゃと身を寄せ合っては笑いあい、くっつきあって弁当を広げ始める。
三人はそれぞれ顔を顰めながらそんな二人の様子をしばらく見ていたが、そのあんまりのいちゃつきっぷりに、呆れた政宗は覗かせていた顔もひっこめると空を見上げつまらなさそうにモサモサと残りの握り飯を頬張り、佐助もケッと唇を尖らせ体を起こして携帯をいじり始める。それでも幸村だけは目元を覗かせたままで、隣の慶次など眼中に入れず、にこにこと笑って小首を傾げたり、楽しげにはしゃいだりするまことの姿をじっと見つめては頬を赤らめさせていた。

「今日は・・・煮物とおにぎりです・・・またちょっと・・・ン、結構失敗しちゃったんですけど・・・」
「そうかい?うまそうじゃないか!どれどれ・・・・・・・・・ンッ?!」
「あっ、ああっ、け、慶次さん?!おいしくなかったら出してしてください!出して、ここに出してっ!あ、吐きますか?大丈夫ですか?」
「ン、ンンン・・・・・・・・・うんまいっ!スッゲー美味いってまこ!握り飯も・・・うん!塩加減がいいし形も綺麗だし・・・」
「・・・・・・?そうですか・・・?あ、これ、」
「あー、この煮物ほんっとに美味い・・・!まこ食わないの?俺全部食っちまうぜ?」
「あの、あの、慶次さん、」
「でもまこの料理下手って結構なモンだと思ってたけどさ、昨日よりも超上達してんじゃん!やったなまこ!」
「・・・慶次さん、それ、それ多分僕の作ったのじゃないです・・・」
「んぅえ?!」
「多分・・・片倉先生の作ったやつだと思います・・・」

握り飯を頬張りながら、耳に入ってくる二人の会話を聞くとはなしに聞いていた政宗は、聞きなれた名前に思わず耳を傾ける。

「って、ええ?!なんでそこで片倉センセが出てくんの!」
「?毎朝片倉先生にお弁当の作り方、教わってるって・・・言いませんでしたか?」
「聞いてないっ!」
「片倉先生、いつも政宗さんのおやつのご飯を作ってて、同じ時間に調理室使うんです。僕の料理見てられないって言われて、ちょっと前からついでに教わっていて・・・」

だから多分、僕の作ったご飯、政宗さんの方にいっちゃったんだと思います。というまことの言葉に、隣にいた佐助と幸村はガバッと政宗を振り返る。
それに口をぱくぱくさせて『くそまずかった』と顔を歪めて舌を出す政宗だが、どうしても口角がにんまりと上がってしまう。
歯軋りをしてうらやましがっている幸村にまた気を良くして、政宗はペットボトルのお茶を飲む。
体の角度を変えてそっと下を覗き込むと、あぐらをかいた慶次の膝の上に座るまことが見えた。
つまらない光景だが、しかしあの小さな手が一生懸命に握った握り飯を食ったのだ、と思えば今日半日落ち込んでいた気分も上昇してくるものだ。

「・・・料理ならさ、俺の実家にすげー料理上手い義姉ちゃんがいるからさ、俺ん家で教わろうぜ?いくら相手がセンセでまこが元は男の子だからってさ、・・・俺以外の男と二人っきりって・・・やっぱりなんか、妬いちまう・・・」
「慶次さん・・・ごめんなさい・・・」
「っ、謝んなって!まこ!俺が勝手に嫉妬してるだけなんだから」
「でも、でも慶次さんが嫌って思う事、僕したくないです!嫌な気分にさせちゃってごめんなさい・・・それと・・・嫉妬、してるって聞いて・・・僕、嬉しいです・・・」
「っ、まこ・・・」
「慶次さん・・・」

吐息のような声で互いの名を呼んだかと思えば、再びちゅ、と濡れた音が響く。
ちゅ、ちゅぱ、と幾度も響く水音に、携帯をいじっていた佐助もまた面白そうに身を乗り出して眼下の逢瀬を覗き込む。
慶次のキスを受け入れるまことの表情は、顎をあげているのでやはり三人からよく窺えたが、しかしその表情は先ほどとは少し違い、なにやら桃色の雰囲気が漂っていた。
うっすらと閉じた瞼を縁取る睫毛を細かく震わせ、その合間から蕩けて潤んだ瞳をちらちらと覗かせる。
キスの合間に「ん、ぁふ、ぁ、」と堪えきれない甘い吐息を漏らすのがたまらない。
あの顔をさせるのが、あの声を漏らさせるのが、自分だったらもっともっとたまらなかったろうに、と政宗は舌なめずりをした。
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