狭い部屋3

上階で誰かがエレベーターを呼んだのだろうか、ゆっくりと上がってゆく箱の中で慶次もまことも座り込んで抱き合ったまま離れる事ができなかった。

「まこ、ごめんな?背中痛かっただろ?・・・探すの遅くなっちまって、ホントにごめん・・・」

「けいじさん、いいの、けいじさん、ごめんなさい、けいじさん、けいじさん・・・」

いつもとは逆の体勢で慶次の頭を抱き抱えているまことは、ぎゅっとそのポニーテールが揺れる頭に頬を当てて何度も何度も頬ずりした。
慶次さんの匂いだ、春のお日様の匂い、桜並木の匂い・・・。
先程サラサラと揺れて自分の視界から消えていってしまった髪の束が今自分の腕の中にある事に、まことは身体が震える程の喜びを感じ、再びじんわりと涙が込み上げてきた。
慶次も壁にぶち当たってしまったまことの背中に手を回し、そっと優しく撫でる。
腫れてはいないか、骨に異常はないか、まことの倍くらいの重さのある自分を支えてこんな硬い壁にぶつかったしまったのだ。
背中には特になにもないようだったが、小さな身体は酷く冷えていた為今度は身体を温めるようと何度も何度も頭を背中を撫でていると、自分の頭を抱えていたまことの薄い胸がしゃくり上げるように震え始め、小さく嗚咽が聞こえてくる。

「まこ・・・怖かったよな、ごめん、ごめんな」

「うっく、けいじ、さん、嫌いにならないで・・・」

急に何を、と慶次がぎょっとして顔を上げるとまことは今まで見た事のない、切ない顔をして涙を零しながら慶次を見下ろしている。

「僕をおいていかないで・・・」

そう小声で呟くと、きゅ、と慶次の頭を抱き寄せてひっしとしがみついてくる。
慶次はそれを呆然としながら反射的に抱き返した。

「僕も連れてって・・・慶次さんが、あっちの世界に帰るなら、僕も連れてってください・・・!あっちの事、何もわからないけど、邪魔にならないようにするから!掃除も、洗濯も、ご飯作るのもがんばるから!」

一気にそう言うと、まことは再び胸を震わせ涙を零す。
ぽつ、ぽつと雨だれのように頭に涙が落ちてくるのを感じ、慶次はそのいじらしさにたまらなくなってガバリとまことを引きはがすと涙と鼻水でぐしょぐしょの泣き顔のそこらじゅうに唇を落とした。

「ん、む、ひゃ?!け、けいじさんっ?!」

どこもかしこもしょっぱい頬を舐め、慶次はにんまりと笑う。

「ああ、分かった!まこ、まこと!俺んとこに嫁に来い!」

目をぱちくり、と見開いたまま、その言葉にまことは固まってしまう。
その顔にまた慶次は笑みをこぼし、ぽかんと開いている口に一つ、二つ、と口づけする。
いくつ目かの口づけにやっと我に返ったまことは、こく、こく、と首を頷かせながら震える唇を自分からも押し当てる。

「んふ、あ、けいじ、さん、お嫁さんにっ、んは、してくれるのっ?っあ、まこ、おんなのこじゃ、ないのにっ、んぷ、それでも、いい?」

「っは、子供が欲しいって言うなら、観音様に、頼み込んで連れてきてもらうさ!ふ、・・・てか、まこならきっと子供の一人や二人産んじまいそうな気がするけどなぁ!」

そんでいっぱいお乳出してさぁ、と慶次はまことの胸元にもちゅ、と唇を落とす。

「ひぁ、慶次さんっ!んやぁ・・・こんな所で・・・、汗もかいてるから、だめですっ、んくっ・・・!」

気付くと空気が蒸し暑くなっており、まことはうっすらと鼻の頭に汗をかいている。
そういえば、ここはえれべえたあの中だった、先程の男達は上階まで追ってきているのだろうか、とそのままTシャツに頭を潜り込ませようとしていた慶次は周囲を警戒する。

「・・・ん?なんか、このえれべえたあ止まってないか?」

「え・・・あ、ホントだ・・・どうしたんでしょうか・・・?」

今いる階を示すランプも5階と6階の間で止まってしまっている。
慶次はまことの膝から降りてポチポチとボタンを押し、うんともすんとも言わないそれに首をかしげていると、ふ、と天井の明かりが暗くなった。

「ひゃ!・・・停電?・・・さっき、ぶつかっちゃったからでしょうか・・・」

暗闇に怯えたまことがそっと慶次に近寄り服の裾を握ってくる。
その肩を抱き寄せるとエアコンも切れたせいなのだろう、まことの身体は熱く火照りはじめていて慶次はこんな時なのにこっそりと生唾を飲み込んだ。
そんな慶次などつゆ知らず、まことは「これ、初めて押します・・・」と呟いて『非常用』の黄色いぼたんをそっと押す。
何度か押して繋がった管理会社からは、担当が出かけているので修理に向かうには1時間程かかる、しばらくすると非常用の電灯がつくから落ち着いて待っていてくれ、とすまなそうに伝えられた。
ぷつん、と無線の声が切ると同時に天井から小さな非常灯が付く。
それを二人で見上げながら、薄暗く、蒸し暑い箱の中、それでもまことはぴったりと慶次に身を寄せてくる。

「・・・慶次さん、あの・・・さっき助けにきてくれてありがとうございます・・・」

「あったりまえだろ?・・・俺こそ悪かった。まこの事置いてきちまったって分かった時は心臓がひっくり返るかと思った、ぜ・・・?!」

寄り添ったまことの肩を抱きその熱い身体を撫でていると、くっとまことが背伸びをして慶次の頬に唇を落とした。
ちゅ、と音を立てて離れてゆくその柔らかく熱い感触に慶次は固まったまま目を見開く。
まことが自分からこんな事をしてくれるのは初めてなんじゃないか、と慶次は見開いた目をギチギチと動かしてまことを見ると、薄暗い光の下伏し目がちになり、恥ずかしそうに慶次の服の裾を握っている。

「・・・まこ・・・!」

その姿のなんといじらしくて、かわいらしい事か。
慶次は裾を握る手を強く引きまことを振り向かせると、その熱い唇に自らの唇を押し当てた。
- 71 -
[*前] | [次#]
ページ:

トップに戻る
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -