東館二階南男子トイレにて6


顔を埋めたまことの身体からは、甘い体臭と僅かなボディーソープの匂いがした。
その匂いは先ほど嗅いだうなじの匂いと同じだったが、あの時のような興奮は沸き立たず、何かむず痒いような、暖かな気持ちが胸の奥に満ちてくるのを幸村は感じていた。

自分の腕の中で小さく戦慄く柔らかい身体。女子の身体。まこと殿の身体・・・。
元が男だろうが、何だろうが、関係などないと思った。
この小さな柔らかい存在をあの二人から守り、この腕に抱いていたい。
いつもの恥ずかしげなはにかんだような笑みも、あの淫靡な蕩けた笑顔も、己一人にだけ向けられればいい。

「・・・まこと殿・・・」

もう一度、あの甘い、唇を─。

寄り添っていた胸元からそっと顔を上げた幸村だが、ピシリ、とそこで硬直した。



腕の中のまことは快感に蕩けて殆ど意識がなく、半分だけ虚ろに開いている瞳も焦点が合わず、ぼんやりとまどろんでいた。
身体はひどい有様で、至る所に幸村が力のまま掴んだ手形が跡となって残り、白くまろやかだった乳房は青黒い歯型と赤黒い吸引跡にまみれ、破かれたシャツの名残や下着の切れ端が肩や腿に引っかかっている。
そして力なく開かれた足の間、まことの膣口は激しく擦ったせいかぷっくりと赤く腫れあがり、その中からごぷごぷと幸村が注いだ精液を垂れ流している。

「─ッ?!ん、なぁ?!」

頭で何か思うよりも、体が反射的に勢い良く後ずさった。
ダァン!と背中が個室のドアにぶち当たって鍵が外れ、そのままのごろごろと転がり出る。

な、なんと。
なんと、なんという事を、自分は仕出かしたのだろうか。

薄暗い個室の中、ぐったりと力なくうな垂れたまことの姿はまるで手酷く乱暴をされた後のようで、その痛々しい風体に幸村は己の頬を右手で殴り、「う、うおお、うおおおおおおお!」と叫び声を上げる。
なんという事を、守りたいと感じたそばからまこと殿になんという、なんという事をしたのだ!とガツガツ拳を振り上げている幸村の耳に、ふいに聞きなれた人物の声が聞こえ、ハッと顔を上げる。

「ちょ、ちょっと?!旦那ぁ?!こんな所で何してんのさ?!」
「Oh・・・foolish・・・道場にも食堂にもいねぇと思ったら、こんな所で何してんだテメェは」
「さ・・・佐助、政宗殿・・・」

いつの間にか開いていたトイレのドアから二人の頭がひょっこりと覗いていた。

「いやぁ〜まこちゃんが寮にいなくてさ、探してたんだけど、旦那の叫び声がしたから何事かと来てみたら・・・ったく、どうしちゃったのさ?」
「まこと、まこと、殿、・・・お、俺は・・・俺は・・・っ!う、うおおおおおお!」
「Oh・・・気持ち悪いヤツだな・・・。Ah・・・?そこ、誰かいるのか・・・・・・ッ、まこと・・・?まことッ?!おい!まことっ!」
「は?!まこちゃん・・・?・・・う、嘘だろぉ?!まこちゃん?!どうして・・・っ!」

再び自分で自分を殴りつけ、鼻血を流す幸村を一歩引きつつも心配そうに二人は見やり、そして幸村が呆然と見つめ続ける個室の中を振り返って驚愕した。
探し求めていた人物が、引き裂かれた服を引っ掛けて、白濁した体液にまみれ、光がない虚ろな瞳で惚けているのだ。
飛ぶようにまことに駆け寄ると、佐助は自分の羽織っていたカーディガンを脱いでまことを包み、政宗は力の抜けた身体をそっと抱き上げる。

「まこちゃん・・・?まこちゃん、大丈夫?俺様の事わかる・・・?ああ・・・マジかよ・・・こんな・・・こんな、酷い・・・まこちゃん、まこちゃん?わかる?ごめんね?早く見つけてやれなくてごめん、怖かったろ?まこちゃん?」
「まこと・・・っ、Shit!クソッ!誰だ・・・っ!誰が・・・っ!悪かった、まこと、俺に怯えて隠れていたんだろう?一人でこんな暗くなるまで・・・そこを・・・・・・ッ!Damnit!まこと、まこと、悪かった!なぁ、俺を見てくれ、まこと、分るか?まこと・・・!」

土下座をして二人からの罵倒を待っていた幸村だが、頭の上で交わされる会話がなんだかおかしい事に気が付いてそっと頭を上げる。
余りの快感で惚けていたまことも騒がしい声に幾度か瞬きを繰り返し、焦点が戻った先、自分を覗き込む二人の蒼白な表情にギョッと目を見張る。

政宗の肩越しに、まことと幸村は見つめあい、一体事態はどうなってしまっているのか、と小首を傾げあった。



それから何かを勘違いした二人はいやらしい事を一切まことにしなくなった代わりに、まことがどこに行くにも、何をするにも、政宗か佐助のどちらかがまるで雛鳥のように後ろを付いて歩いて「子猫と狼・・・子犬と野猿・・・つまりは美女と野獣だな!」と豪快に笑った慶次は二人にボコボコにのされていた。
『東館二階南男子トイレまこちゃん乱暴事件』と知る人の中では囁かれる今回の出来事は、佐助と政宗を筆頭にローラー作戦でもって犯人探しがなされたが、元親の例の親衛隊の数人が冤罪でボコボコにされただけで、とうとういつまでたっても真犯人は挙がらなかった。

「だって犯人なんかいないですもんね?」
「ああ、だいたい事件などなかったのだからな」
「そうです!もう、政宗さんも佐助さんも、勘違いしっぱなしで僕の話、聞いてくれないんです!」
「落ち着かれよ・・・ま、まぁ、まこと殿は、怒った顔も・・・そ、その・・・か、か、か、かかか、かわいらしいと、俺は、思うが・・・」
「ゆ、幸村さん・・・」
「・・・でも、やはり笑顔が一番でござる・・・」
「・・・ふふ、僕も、幸村さんの笑顔が一番───・・・」

今日も小さな背中を追い回す政宗と佐助をなんとか撒いて、まことと幸村は薄暗い技術棟の埃臭い準備倉庫で身を寄せ合い、恥ずかしそうにはにかんで笑顔を零し、そっと唇を重ねあう。

思わぬ伏兵の存在に気付いた政宗と佐助が驚愕の絶叫を上げるのは、まだまだ先の事なのだった。
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