狭い部屋2

エレベーターがドアを開けると、男達は暴れるまことをそこに引きずり込もうとその細い腕を、薄い肩を引く。

「いやぁ!やだやだやだぁ!慶次さんっ!けいじさん!いやぁー!!!」

まことは今までにした事がないくらいにがむしゃらに暴れ、男達の顔を引っ掻き髪を引っ張った。

「っち、意外に手こずんなぁ!」

「そっち、足持て足!」

両手首を拘束され、蹴り上げようとしていた足も掴まれる。
それならば、と大声を張り上げようとしていた口も、生暖かい手で塞がれてまことは気が遠くなる。
静かになったまことに気付き、ふぅ、と誰かがため息をついて「いい準備運動になっちまったなぁ!」と下品な笑い声が飛び交った。
まことの身体を掴んでいる手が微妙な動きを見せ始め、それと同時にずるずるとエレベーターに引きずられて行くが、まことは遠くの人が行き交う入り口を願うように見つめたままひたすらに心の中で慶次を呼んだ。

『けいじさん、けいじさんけいじさんっ!』

頭の中で、もうだめかもしれない、この人達に変な事をされてしまうかも、殺されてしまうかもしれない、もう二度と慶次さんに会えないかもしれない、という考えが過るが、それでもまことは縋るように外へと繋がる入り口を見つめていた。
男達に担ぎ上げられ、ボロボロと涙をこぼしながら、だれもが素通りしてゆくその入り口をじっと、じぃっとみつめていたので、大きな影がそこに立ち、頭に付いている馬の尻尾のような髪がふわりと揺れる瞬間を、まことはスローモーションで見ているように感じた。
これは幻覚かもしれない、僕はもう気絶して夢をみているのかもしれないと思いながら小さく「けいじさん・・・?」と呟いた。
その声に反応したのか、ダン!、と大きな人影は床を踏み鳴らす。

「ちょーっと待ったぁ!アンタ等俺のかわいい子に何してやがんだ!」

聞き慣れた声、慶次さんの声!幻覚じゃない、本物の慶次さんだ!
安心からか、ぶわ、とまことの目に先程とは比べ物にならない量の涙があふれてくる。

『来てくれた、けいじさんっ!来てくれた・・・!』

額に青筋を立ててはあはあと息を切らしていた慶次だが、薄暗いエントランスで男達に身体を拘束され、だくだくと涙をこぼしているまことを見てその呼吸がふ、と止んだ。
その瞬間、シン、としたエントランスに動きがたい奇妙な空気が広がったのを男達は感じた。

外の雑踏だけが響く中、最初に動いたのはまことの左腕を掴んでいた背の小さい男だった。
拳を振り上げ慶次に殴り掛かるが、慶次はそれを難なく避け、勢いのついている男の後頭部を撫でるように叩くだけで男は顔から壁にぶつかりひっくり返った。
そのバチン!という激しい音が合図だったかのように、まことを掴んでいた男達が次から次へと慶次に飛びかかって行く。
しかし飛びかかってくる男達を無言でたんたんといなしてゆく慶次を見て、最初にまことに声をかけた優男は焦ったようにドアが開いたままのエレベーターにまことを連れて逃げ込むと、閉のボタンを連打する。

「なんだよアイツ、クソ強いじゃねぇか!」

「やっ!?けいじさんっ!」

「まこっ!」

慶次は舌打ちをすると閉まりかけたエレベーターに向かって大きく手を伸ばし、まことを掴んでいる男の胸元をむんずと掴む。
まことから手を離し、首が絞まって嘔吐く男を引きずり出して慶次はその横っ面を殴り飛ばそうと拳を振り上げた。

「くっそ!ふざけんなよ!」

拳を振り上げてがら空きになった慶次の横っ腹に、最初に倒れた男が渾身の飛蹴りを食らわした。
どっ!という肉が蹴られる重い音とともにバランスを崩してエレベーターに転がり込んでくる慶次を、まことは泣き叫びながら庇うように受け止める。
そのままの勢いでまことは腹に抱えた慶次ごと吹っ飛び、背中から壁に思い切りぶつかってエレベーターの箱がぐらりと揺れた。
慶次が飛び込んできた瞬間にビーッと音を立てながらエレベーターの扉が閉まってゆくのを、男達もまこと達も動くことが出来ず、息を切らしながら見つめていた。
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