スロッターが行く!中

朝起きても俺はその超・和風の家にいた。
年甲斐なくわくわくしながら家の周りを探検し、井戸があったり水車があったり畑があったり鶏が囲われていたり、しかし周りはやっぱり森ばかりだったりと様々な発見をした。
夏の終わりかけの直射日光を浴びているはずなのに、その日差しは柔らかい。

「ここは・・・きっと相当な田舎だな・・・」

軽井沢とか、日光とか、そこらへんのスローライフ系旅館なのかもしれない。
明け方はロンTを着ている自分でもちょっと肌寒く、家にあった着物を上に羽織っているくらいだ。

俺はそこで最初こそ肩身を狭めていたが、誰も家に帰ってこない日が3日も過ぎると畑を耕したり鶏に餌をやったりして生活を始めた。
元から人付き合いが好きなタイプではなかったので一人は苦にならなかった。
飯に対する執着も特になかったので、かまどに火を入れる事もなく、畑で取れる生野菜に噛り付き、生卵を啜っては水を飲んで一日中土をいじったり日向ぼっこをしていた。
そんな毎日が楽しい。超楽しい。
俺って何気にエコなタイプだったんだ・・・と新しい自分に感動していた。

が。

しかし、どんどんとある欲求は増してくる。

「・・・スロット打ちたい・・・」

考えてみれば俺の唯一の趣味だった。
金を使うとしたら衣食住を差し置いてもスロットに注ぎ込んでいた。
有休だって、新台が打ちたくて都内のパチンコ屋に遠征する時くらいにしか使っていない。
狭いボロアパートには実機がいくつか並んでいて、寝床を圧迫するくらいだった。
一度スロットの事を考え始めたらいてもたってもいられなくなってしまう。
ジャグラーが打ちたい。1G連をして久々に軍艦マーチを聞きたい。南国も打ちたい。キュイキュイ言わせてチョウチョを飛ばしたい。
つらつらとそんな事を考えていたらコケ、と餌の途中だった鶏に指をつつかれた。

「あいて、ごめんごめん・・・」

しかし一旦切り替わってしまった頭のスイッチはなかなか戻らずに、何を見てもスロットの演出につなげてしまう。
コケコケ鳴く鶏を見て緑ドンを思い出す。あぁ、三連ドンちゃんを揃えて「ドーン!」って言わせたい・・・。
せっつく鶏達に餌の屑野菜を撒きながら、初めてこの森を抜けて街に出ようか、と考え始めた。
『無事に森を抜けられたらボーナス確定?!』なんてミッションテロップも浮かんでくる。

「見つけたわ!こんな所にいたのね!」

「うぉ?!」

どっちに行けば街なのか、この森を迷わずに脱出できるのか、街に出たらこの家に戻ってこられるのか、というかキャッシングするのに財布はどこにやったっけ、とつらつら考えていた所に背後から女の声がかかった。
驚いて振り返ると、そこにはなんと絶世の美女。

「び・・・美人・・・」

これは確定!これはボーナス確定レベル!しかもその後ART突入レベル!!!プレミア演出!!!!
髪を高いところで結い上げて、でっかい真珠で止めている。そこからちょっとだけでている後れ毛が超セクシー。
服は着物みたいなのを着ているが、なんか刺繍とかいっぱいしてあって高そうだ。
・・・というか、なんか普通ではない。この美女、なんか人っぽくないというか、なんだか違和感があるような・・・。
美女はその高そうな着物の裾が鶏の糞で汚れるのもかまわずに囲いの中に入ってきて、俺の前でピタリと足を止めると、その大きな目を潤ませて俺を上目遣いでひたりと見やる。

「ごめんなさい!貴方がこの世界に来てしまったのって私のせいなの!」

俺はその上目遣い攻撃にやられていて、彼女が何を言ったか理解するのに時間が掛かってしまう。

「って、この世界ぃ?!ここって日本じゃないんですか?!」

「ん・・・日本だけど、・・・日本じゃないの・・・なんて言っていいか・・・本当に、ごめんなさい・・・」

日本だけど日本じゃない。なんのナゾナゾなんだ・・・。
「この世界」って、ここって俺が生まれて育った所とは違うって事なのか?別世界?異世界?なんていうんだ?
しかし、詳しい事は言えないんです、と只ひたすら謝罪を繰り返す彼女。
俺は初日にきてから毎晩見上げている、あの美しい夜空を思い出した。
・・・確かに、あんな空見た事なかった・・・。
・・・ここは、もしかしたらアレなのか・・・?1999X年、世界は核の炎につつまれ、あらゆる生命体が絶滅したかにみえた・・・ってやつ・・・なのか?
もしかして世紀末?!人類滅亡の後?!世界は浄化されて、もしかして俺とこの美女がアダムとイブ?!

「ごめんなさい・・・それで、今の私ではまだ貴方をこの世界から帰す事ができないの・・・」

「え、帰れるんですか?!」

「え、帰りたくないの?!」

いや、そんな事は・・・ない・・・ような、なくもないような・・・。
ここ数日の充実した毎日を思い出す。
日が昇ったら起きて、日が沈むまで気ままに畑を耕して、動物の面倒を見る。
そんな生活は元の世界にいた頃の、毎日汗と機械油にまみれて金を稼ぐために働いていた日々よりも不思議と充実感が溢れていた。

「・・・なら、もうちょっと、もうちょっとだけ、ここにいてもらってもいいかしら?」

ちょっとほっとしたように、美女が笑顔を取り戻す。
笑顔になるとかわいい感じになるんだな・・・。たまらない・・・。

「どうして貴方が選ばれてしまったかは分からないけれど・・・この世界に綻びができてしまって、それを埋めるのに、その瞬間全世界で一番適していたのは貴方だったの。
私も慌てていて、咄嗟に綻びを埋めるのに貴方をこの世界に送ってしまって・・・用意出来たのはこの家だけだったけれど、何かもっと必要なものはない?困ったこととかないかしら?」

『その瞬間』俺が一番適していた?
この世界に来る前、俺は何をしていたんだっけ、と思い返してアッと声を上げた。

「そういえば、俺ここに来る前に友達の金、・・・・・・なくし、ちゃって・・・」

なんでなくしたかはさすがに恥ずかしくて言えない。
美女はあらまぁ、といった風に長い睫毛に縁取られた目をぱちん、とまたたかせて、笑顔を作る。

「ならそのお友達にお金、返しておくわ、安心して!」

「いや、俺今持ち合わせがなくて・・・」

「大丈夫!私のせいだもの、それくらいの事はさせてちょうだい!」

なんという太っ腹だ。金額も聞かずに美女は胸をはって応えている・・・。
しかし、この美女にはすべてお見通しなんだろうという事がなんとなくわかる。そんな雰囲気がある。不思議と分かる。
結局お言葉に甘える事になり、俺は女性に金の無心をしてしまった情けなさよりも、これで肩の荷が降りる・・・と心からほっとしてしまった。

「ありがとう、ございます・・・あと、俺ってこっちで何かしないといけないんですか?」

綻びを埋めるとかなんとか言ってはずだ。俺には何もできないけれど、お礼もかねてこの美女のお役に立てるならなんでもしてあげたい。
そう言うと、美女は再び目に涙をためはじめてしまった。

「そんな・・・貴方、怒ってもいいのよ?いきなり違う世界に飛ばされて、わけも分からないでしょうに・・・」

私のほうが、貴方になんでもしてあげなくちゃいけないのに・・・。
そう呟く声に、ちょっと下心がうずかないでもなかったが、あそこまでよくしてもらった美女にそんな事を求めてはいけないという思いがある。

「・・・あ!そんなら!」

なんでもいいなら、欲しいものが!という俺の言葉に、美女は涙を拭いキラキラと目を輝かせながらこちらを見上げた。
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