スロッターが行く!前

神様、神様神様仏様、お願いですから時間を戻してくださいお願いします、お願いします、お願いします、何でもしますから、お願いします、お願いします!!!!!

目を固くつぶって両手を胸の前で組んで、食いしばった歯の隙間から「ぐぎぃ・・・」とおかしな声を漏らしながら俺は一心に祈る。
そう願って願って祈って祈って、この目を開けた時に時間が戻っていなかったらこのビルから飛び降りるしかないと考えながら、早速靴を脱いでいる。
本当に心の底から時間よ戻れと祈っているが、戻ることはありえないと頭のどこかで分かっている。
なら、俺には死んで詫びる事しかできないのだ。

弱小の町工場の弱小フットサルチーム。
同僚に誘われてなんとなく参加している自分を含め、5人しかいないチームメンバーが薄給の中から貯めに貯めたフットサルシューズ代8万5千円を俺はついつい、ほんとついついスロットで全部スッてしまった。
しかもだ。俺はその中の5千円しか貯めていない。残りの4人が半年かけて2万貯めたのだ。
シューズを安く取り扱っている店を知っていて、俺が買ってきてやると常ならぬ気を利かせたのが悪かったのか。

ここしばらく仕事が詰まっていて、毎日のようにホールに通う程好きなスロットを打っていなかった。
先々月キャッシングをしてしまった為に、手元に金がなかった為もある。
大金を持って駅前の優良店の前を通り、本日一大イベント!というのぼりを見つけてしまったら明かりに誘われる虫のようにフラフラと足を踏み入れてしまっていた。
最初は自分の出した5千円だけ使う気だったのだ。
いい台だった。設定も入っていた。ただ、自分の引きが悪かった。
千円で小当たりを引き、追加の5千円をすぐに使い切ると、シューズは安い店で買うのだからと差額と駄賃分で五千円、一万・・・あとちょっと投資すれば絶対にあたる・・・と、気付けば金を入れいていた封筒は空っぽになってしまっていた。

履いていたのは通勤用のくたくたによれたスニーカーなので、足をすり合わせるだけで簡単に脱げた。
さっきまでいたパチンコ屋の屋上、足元はビルとビルの間の真っ暗な狭い隙間。手すりの向こう側で俺は紐なしバンジーのスタンバイを完了しているのだ。

「みんな、ほんとうに、すまない。」

ひゅうひゅうと耳元を切る風にのり、ジャグラーのボーナス音が耳に入ってきて、死ぬ間際だというのにGOGOランプを光らせたいと感じてしまう。
そんな中、遺言とでもいうのだろうか自分の人生最後の言葉で真面目に、本気で謝ったはずなのに、なぜだか芝居がかってジャック・バウワーみたいになっている・・・と思ったら、ちょっとおかしくて笑ってしまった。
しかもその途端に尻ポケットに入れていた携帯がジャンジャン鳴り始める。
ブイブイとバイブもかかって尻で震えるそれに、なんだか興が削がれたとでもいうのか、急に死ぬのがくだらない事のように思えてきてしまった。

・・・どうにか、工面しよう。
工面できなかったら死ぬ気で謝ればいい。
気のいいあいつらなら死ぬ気で謝れば、怒りはするがきっと俺の事を許してしまうのだ。それがまた俺の人よりは少ない、心の奥底に残っているちっぽけな良心にどれだけダメージを与えるかしらないで・・・。

ふう、とため息をついて目を開けると、時間が戻っているはずがなく、そこはやっぱりさっきまでいたビルの屋上だった。
頭の右上でパチンコ屋の看板が赤に黄色に色を変えてチッカチッカと光っている。
眼下はビルの隙間で真っ暗で何も見えない。換気扇が轟々と唸っているのとそこから店内の音が漏れてくるのだろう、店内の派手な音が聞こえてくる。
もう一度ため息を吐いて靴を履き、未だに鳴っている携帯を取って耳にあてた。

「はいはーい?」

『あ、お疲れー。今どこに―・・・』

手すりをよじ登って戻ろうとして振り向いた瞬間、携帯から聞こえる声が遠くなった。
『あん?』と思って電波を確認しようと携帯を耳からはずした。


携帯を耳からはずし、その画面を目で確認するまでの瞬間。
俺の体が様々な違和感を感じ取る。

まずは聴覚からだった。
さっきまで頭上の看板がネオンを変える度にチッカチッカと音を鳴らすのだって聞こえていた。
街中のボロアパートに住んでいる為に布団に包まっているときでさえも車の走る音なんかを聞いている俺の耳が、いつぶりにか無音を味わっている。
無音、まさしく無音。漫画なんかである「シーン」という空気はこういう空気なのか、という空気。

その次は嗅覚。
ふわりと懐かしい匂いが鼻を掠める。
子供の頃にかいだ事のある匂い・・・。

『修学旅行の匂い・・・?』

言い換えれば和風旅館の畳の匂いだ。
なんでこんな所でこんな匂いをかんじるのか?
このビルは全館パチンコ屋だった気がするのだが、和風の風俗店が入店するのだろうか?その準備で屋上に畳があるのだろうか?

最後に視覚だった。
携帯に目を落としてもエコノミーモードになっているせいか真っ暗で何も見えない。
というか、さっきまでチカチカしていたネオンの明かりも見えない。

「あ、あれ?もしもーし、もしもーし?って、え?ここどこ?」

後ろを振り返っても真っ暗。どこを見ても真っ暗。
俺の頭の中はまさしく「??????」とハテナで埋め尽くされている。

手探りで周りを確認すると、そこはどこかの家の玄関らしい。
暗闇に目が慣れるとそこは和風、超和風の家の玄関、というよりも土間に俺は突っ立っている。

「????????」

お邪魔します、とか言ったほうがいいのだろうか?俺って今もしかして不法侵入者?
っていきなりなんでこんなところに来ちゃってるの?パチ屋の屋上にいなかったっけ?
手に握った携帯のボタンを押すと、待受画面が表示される。
時間は先ほどから数分しかたっていない。が、電波は圏外になっている。
その明かりで家の中を照らすと、障子やら畳やら土間やらが目に入る。

「・・・かまど・・・?お、餅つくやつもある・・・何これ、ここが台所?」

自分の立っている土間の端っこには流しが付いている。
が、携帯でどこを照らしても蛇口がついていない。
そこらへんを確認した後、おそるおそる靴を脱いで家に上がりこんだ。
人がいる様子はなさそうだが、念のため「お邪魔します・・・」と小声で呟いておく。

「・・・囲炉裏とか初めて見るし・・・」

部屋はこの囲炉裏がある部屋と奥の畳の部屋だけらしい。
なんとなく、なんとなく探してしまった金目のものは何もなかった。
ただ奥の畳の部屋には綺麗に敷かれた布団と、その上に柔らかそうな浴衣が置いてあった。

「俺、ここに泊まっていいの・・・かな?」

もちろん返事はない。
もう一度土間に戻り、出入り口っぽい障子をあけてみる。

「・・・なんじゃこりゃぁ!?」

頭の中に、天地を喰らうの「なんですとー?!」と叫ぶ関羽演出が浮かぶ。
障子を開けた瞬間に虫の鳴き声が聞こえてきた。
外は森だった。夜の森。
そう聞けば真っ暗な恐ろしい森をイメージするだろうが、虫の澄んだ声が鳴り響き、更には煌々と月明かりが照っているのだ。

「あっかるいなぁ・・・!すっげー虫の声・・・月・・・星も・・・すごい・・・」

太陽のように輝く満月に満天の星。もしやあの白い帯みたいになっているのが天の川ってやつなのではないだろうか?
こんな夜空見たことがない。

玄関の近くに積んである樽に腰掛け、ポケットに入っていたタバコに火を付けて、胸いっぱいに吸い込む。

『ここは、どこなんだろうな・・・』

ふんわりとそんな事を考えながら星空を見上げて欠伸をひとつ漏らした。
障子を開けてこんな満天な星空が出てきたら、スロットでならこりゃ完璧にボーナス確定演出だ。大当たりだ。あ、流れ星。

なんだかよくわからないが、この出来事はいい事に違いない、と俺はそこらの石でタバコを消すと、家に入ってちょっと固めの布団に潜り込んだ。
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