スロッターが行く!その後−2

あああ、と吐いたため息に、ヒクリと隣に座った男の手が止まったのが見えて慌てて息を呑みこんだ。


切羽詰った年度末を終え、手付かずだった冬のボーナスを握り締め、向かった先は本日一大イベント開催中!のビラが至る所に張り巡らされたいつものホール、昨日、一昨日、一昨昨日と目立った挙動がなかったカド1の席!
この店はイベント時に絶対カド1かカド2の席には設定を入れてくる。
今日は季節外れの嵐が来た為かライバルも少なく、更に流行を過ぎた銀河英雄伝説の島は自分がカド1に携帯を投げ入れ、カド2にも誰かがタバコを投げ入れた時点でその他の席にはチラホラとしか人が座った様子はなかった。
チラリと隣を見ると、投げ入れたマルボロに火を着けた長髪の眉の太い男と目が合い、バチリ、と火花が散った気がした。

アンタか俺か、どちらかが高設定っ・・・!

視線はすぐに反らしたが、思う事は同じだろう。
開店の合図を待ちながらサンドに万券を入れ、下皿にメダルを用意して準備は万端。
デモ画面が流れる液晶を見つめ、精神を統一させながらGSRを揃える自分をシミュレーションする。
店内に小さく響いていた有線がボリュームを上げたと同時に、マルボロと俺の戦いが始まった。


結果は何と言っていいのだろうか。
俺も、マルボロも運がなかった。
チラホラと当たるボーナスにGSR・・・が、この挙動は明らかな奇数設定だ。
5・・・いや、もしかしたら3、いやいや1の可能性だってある。
まだ朝一といってもいい時間帯、この魔の時間帯は低設定の台も妙に浮ついた挙動を見せ、『あれ?この台ってダメ台じゃん!』と気付いた時にはもう泥沼、何人もの諭吉さんにさようならを告げているのだ。
そして、同じく高設定の台にも朝一は魔の時間帯だ。
隣の台が6ではない、それなら自分の台が高設定なはず・・・しかし、朝一にうまい挙動を見せないとどんどん疑心暗鬼に駆られてくる。
まだまだ空いている席はある。あっちにも、こっちにも、あの台は昨日ロングを引いて終わっていた台だ。もしかしたら設定が変わっていないのかもしれない、今日のイベントではカド台に設定を入れていないのかもしれない・・・。
派手な音を立てる俺の台を気にしながら、ぐるぐると悩むマルボロの心が手に取るように分かる。
しかし、隣の台で打っているからこそ分かるのだ。その台は、今はハマってはいるが高設定。ちらちら子役の数だって数えさせてもらっているが、そのままなら絶対に高設定!


800G近く回して単発ボーナスを終えたマルボロが席を立ったのは、奇しくも俺が中途半端なARTを消化している時だった。
は、と顔を上げるとマルボロはむっすりとした顔でこちらを見下ろし、そのまま島すら移動して行く。
なんて運のない奴だ・・・。みすみす高設定を逃すなんて・・・。しかし、朝一からこんなハマリを食らったら確かに心が折れるかもしれない・・・。俺だって隣で打っていなかったらきっとこの席に座るのは躊躇してしまう・・・。よく頑張ったな!マルボロよ!
心の中で小さくなるマルボロの背中に敬礼をし、よし、さっさとこのARTを終わらせて隣の席に移動しよう、その前に携帯でも入れておくか、とポケットを漁って振り返り、俺は目を剥いた。
なんという事か、すでに隣には音もなく人が座っていたのだ!

「・・・なに?」

「い、え、・・・いえいえいえいえいえ」

びっくりした、びっくりした、本当にびっくりした!
本当に音も聞こえなかったし座った気配もなかった!
ぎょっと目を剥いた顔を無表情に見つめ返され、ギギギ、と軋んだ音を立てそうなくらいにぎこちなく首を戻す。
いつの間に、という表現はこういう時に使うのか、とまじまじと実感するくらいに、隣の男はいつの間にか夢の高設定台に着席していた。
オレンジ色の派手な髪に、迷彩のパンツをチャラそうに着こなすイケメンだ。
髭も剃らず、朝にちょろっと顔を洗って飛び出てきた自分が恥ずかしくなるくらいのそのイケメンっぷりに、俺は先程までの高設定の確信が覆ればいい!その台は低設定!低設定であれ!と呪いを飛ばし、歯軋りしながらARTを消化する。

しかしそうは行かないのが世の中だ。
イケメンが座った途端に『チャンス!』『チャンスです!』『チャンスだ!』とマルボロが座っていた時と同じ台とは思えぬ程、挙動が怪しくなってきた。それに反比例して静かになってくる俺の台。
先ほどの想像通りの諭吉さんとさよならコースを歩み始めた自分を感じながら、それでも僅かな望みをかけて台から離れられない自分が恨めしい。
マルボロは思い切りがよかった。止める、と決めたら振り返らずにああして潔く去っていった。その点自分のなんと女々しいことか・・・。
下皿満杯と箱半分溜まっていたメダルは順調にその枚数を減らし残るは一握り分となっていた。
くしゅくしゅと渋くなる目元を擦っていると、とうとう隣のイケメンの液晶にレインボー惑星が通過したのが見え、俺は冒頭のように、大きなため息を吐いてしまったのだった。
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