スロッターが行く!その後−1

北条、上杉、そして織田を打ち破った大将がとうとう上洛し、天下を取った。
真田の旦那も独眼龍と決着をつけたが、これからも切磋琢磨しあういい『らいばる』という関係を続けていくらしい。
今までも色々あったが、これからが本番。褌締め直して頑張りますか、と気合を入れ直す時間もないくらいに忙しい日々を送っていた中、異変にまず気が付いたのは俺様だった。

「あれ?旦那ってそんなに腿、筋肉ついてたっけ?」

「む?・・・ああ、某も思っておった。いつもの鍛錬と変わらぬ事をしてきたつもりなのだが・・・」

袴の上からでも分かるほどムチムチっと膨らんだ旦那の腿の筋肉は、少し前には見られなかったものだ。
いつ付いたんだろうね。御館様が上洛した時にはもうこうなっておった。はぁ?!それって結構前からって事じゃん!うむ。
本人も不思議そうに足を眺めてはぷらぷらと振り、屈伸をして小首を傾げていた。
しかし、旦那の足が妙に鍛えられていようと害があるわけでもない。
不思議な事もあったもんだ、とその話はそこで終わり、また走り回る毎日に忙殺されてなんとなく感じた違和感はすぐに忘れてしまった。


その違和感を解決したのは、悔しい事に真田の旦那だった。

「佐助ー!佐助、佐助ええええぇぇぇ!!!」

独眼龍が来訪するとの事で客間の掃除をしていた俺様の所に、殴りかかる勢いで旦那が飛び込んできた。

「もー!何さ旦那、俺様忙しいんだけど」

「お前、勝利殿を!勝利殿を覚えているか?!」

「はぁ?勝利・・・?勝利、勝利・・・・・・そんな武将いたっけ?」

「ちっがーう!」とその場で地団駄を踏む旦那に呆れた視線を寄越しながら畳を拭いていた腰を上げると、ぐい、と襟元を掴まれ振り回される。

「勝利殿だ!武将ではなくあの不思議なからくりでいつも遊んでいた・・・!」

「うわ、ちょっと、まって待った旦那!思い出す!思い出すから!」

そのままの勢いでブン、と畳みに放り投げられ、いたた・・・と強打した腰をさすっていると、呆然とした顔をしたで旦那がキョロキョロと周囲を見回し始める。

「・・・旦那?」

「そう、そうだ、この部屋ではないか!勝利殿がいたのは!」

あのからくりは?!いつ、いつからだ?!勝利殿がいなくなったのはいつからなのだ!と喚く旦那に馬乗りになられ、また襟元を掴まれると今度はぐわんぐわんと揺さぶってくる。
ゴツンゴツンと後頭部が畳にぶつかり人を思い出す場合ではない。

「いだ、いだだだだだ!」

「佐助!覚えておらぬのかっ!ここで幾度も茶を飲んだろう?!勝利殿はお前が連れてきたのだろうが!」

「いだだ!頭、痛いって旦那!こんなんじゃ思い出すモノも思い出せな・・・ってうわ、ちょ、」

そのままぐい、と持ち上げられて「この軟弱者があぁ!」と障子をぶち破って庭に放り投げられた。
ずざーっと顔から玉砂利に落ち、くらくらする頭を整理しながら「何だっていうのさ・・・」と酷く擦った顔を撫で、不意に唇に触れた瞬間だった。

満月の夜、別れの前夜、自分の気配にも気付かず眠る男、相変わらずとぼけた顔にうっすらと生えた無精ひげ、その開いた唇に、自分は、

「・・・きすを・・・」

「・・・鱚?」

燦々と日が照る上等な客間、あのおかしなからくりの中、男と女が口を合わせていた。
よし、と満足げに息をつく男に、旦那は破廉恥、破廉恥と叫び、自分は何が「よし」なのかを聞いた。
「キスすればART続行・・・まだまだたくさん稼げるぜって事」と応えた彼に「きすって何さ」となんとなく分かっている事を聞き返せば「ちゅーだよチュー、恋人同士、好きだぜ、好きよ、って口を合わせる事」とふざけて唇をタコのようにツンと伸ばす。
それにむしゃぶりついてやりたいと思ったあの衝動。
常に冷静にあれと心がけてきた自分の忍としての何かを崩したあの男。

「・・・勝利・・・?」

「おお・・・!思い出したか!思い出したか佐助!」

裸足で庭に下りてくる旦那を怒る事も忘れ、呆然とただ唇を撫でる。
なんで今まで忘れていたのだろうか。
男の寝込みを襲って口を合わせたのだ。この自分が。
気付かれたくない、気付いて欲しい、目を開けて自分を否定されたくない、目を開けて自分を受け入れて欲しい。
相反する気持ちに押し潰されそうになりながらまるで乙女のように唇を震わせて、開いた口に吸い付いた。
見開いた視界に、庭に面した客間が映る。そう、確かにこの客間に彼はいた。
ひょん、と旦那の頭の上を一足で飛び越えると部屋の畳に目を凝らす。
先程まで磨いていたそこは綺麗なもので、あのからくりが置かれていた事なんて欠けらも伺えない。
あんな重い物をたくさん畳に置いて、絶対跡が残ると思っていたのに。

「思い出した、思い出したよ旦那」

本当に、なんで忘れていたのだろうか。
初めて己の忍の心を揺さぶり、崩したあの男を。
ひょうひょうとしたとぼけた顔で、その癖目元に妙な強みがあった。
小心者の癖に気配や気合に鈍く、忍の自分に背を向けて昼寝なんかして、大将の前でだってへらへらして旦那にめちゃくちゃに怒られていた。
お馬鹿で可愛い勝利。
なんで忘れてしまっていたのか。

「なぜ勝利殿の事を忘れてしまっていたのだろうか・・・」

自分の気持ちを代弁するように、縁側に座り込んだ旦那がむう、と唸る。

「・・・旦那はいつ気がついたのさ・・・」

声が喉に張り付いてしまったように、うまくしゃべる事が出来ない。
そんなにも衝撃を受けているのだと思うとなんだか悔しくて、ぐっと丹田に気合を込める。

「馬に乗った時ふと既視感を覚えてな、鐙を嵌めて足を回してみたのだ。それで思い出した」

は?何それ?と旦那を見返すと、眩しげに目を細め、客間を見回していた。

「『じてんしゃ』だ。某はここで勝利殿が遊ぶからくりを動かす『じてんしゃ』を漕いでいた。腿もその時に鍛えられたのだと思い出したのだ」

───そうだった。水車から離したからくりは、旦那が『じてんしゃ』を漕がなきゃ動かなかった。
大将の件で旦那に怒られて、しょぼくれて、それでもからくりで遊びたくて、土下座をして必死に謝っていた後姿を思い出す。
・・・なんでまた自分はそんな情けない男に惚れてしまったのだろうか、と苦笑が漏れる。が、「頭では忘れても体が覚えておったのだな」と続けられた旦那の台詞に思わず笑みが固まった。

「・・・なんか、それって・・・」

ちょっと破廉恥かもよ?と意地悪く言えば、旦那も自分の発言に気付いたようでハッと顔を赤く染めて「な、ななななな、なにを!」と怒鳴り声を上げる。
照れ隠しなのかなんなのか、拳を振りかぶった旦那から慌てて逃げ、どたばたと始まった追いかけっこの最中「・・・あの、失礼します」とすべての元凶である女の美しい声が響くのだった。
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