スロッターが行く!後々

佐助は『今日もつっかれたー』と人使いの荒い上司の愚痴を内心呟きながら、ひょいひょいと眼下にある深い森をいくつも飛び越えていた。
風に乗って梢を走り、広い川は宙を一回転する間に呼び寄せた忍鳥にぶら下がりすういと飛び越えて、黒っぽい影だけを残しながらぐんぐんと自拠点を目指す。
どこが疲れているかなんて分からない程疲れている。こういう日は真っ直ぐ帰ってさっさと報告をして下がらせてもらって、しっぽり温泉にでもつかりたいぜ・・・なんて思いながら、常の帰路とは違う林道に入ったのはどういう事だったのだろうか。

佐助は常に理性的に物事を考えて行動しているが、しかし己の忍の勘というものも自負していた。
例えば背後から気配もなく敵が迫ってきている時、例えばやっと手に入れた休暇に旦那が何か言いつけをしようと自分の部屋の襖に手をかける瞬間、何かを思う前に自分の体はこの勘によって勝手に動き、その事態を避けようとする。薄暗い屋根裏から自分の部屋に入ってきて首をかしげている旦那を見下ろし、ホッとため息を付いたのは一度や二度どころではない。
つまり、今体が勝手にこの道を選んだのにはこの『忍の勘』が何か自分に伝えているというわけだ。となると、理性的に物事を考えてこの先に何があるのか確認はしておかねばなるまい。
早く帰りたいっていうのに・・・とチラリと仰ぎ見た空は、星が散り始めている。
日が落ちた深い森に、一体何があるというのか。勘じゃなく俺様の予想では、もんのっすごく面倒な事な気がする・・・と頬を掠ろうとする枝を避けながらトホホと眉根を下げていた佐助の表情が、ふいに緊張する。

人の気配がする。あそこの開けた場所に家がある。しかも水車なんかも引いていて明かりがついている。
ここらは確かに帰路ではないが、以前何度か山賊やらなにやらが沸いていないか視察に来た事がある。
その時はこんな小屋、なかったはずだ。誰かが越して来たという報告も受けていないし、小さな畑や家畜小屋もあるがこんな山奥に居を構えるなんて、治安もいいとは言えないし、不便すぎるのではないだろうか。

『・・・これはちょっとホントに面倒かも・・・』

小屋にいる気配は一つ。強そうには感じられないが、『忍の勘』がこれは面倒だ、面倒だぞ、と訴えかけてきている。
やれやれ、それじゃちょっくらお邪魔しますか、と足の筋をくんと伸ばし、一足飛びに小屋に近づこうとつま先をかけていた小枝に力を込めた瞬間、佐助は背筋を怖気立たせた。

その瞬間に聞こえた音は、甲高く、どこまでも響く音だった。
研ぎ澄ませていた神経を逆撫でするような甲高い音は、女の叫び声のようだが抑揚がなく、一定の甲高さを持っている。生き物の声でもなく、笛の音でもなく、まったくもって聞いたことのないその音が周囲に響いたのは実際はほんの一寸だったのだろうが、粟だった神経に爪を立てられているような不快感がいつまでこの音は続くのか、早くこの音を止めさせろ、と激しく警鐘を鳴らす。
佐助はいつもどこかしらにある余裕をなくし、瞳を細めて息を殺すと、身を翻して屋根裏から小屋に忍び込んだ。

『おいおいおい、なんだよこれ・・・』

小屋の中もまた不思議な、見たことのないもので埋まっていた。
一抱え程の四角い箱が、何十と壁に沿って置かれている。
色とりどりのそれはどれもこれも派手に絵が描いてあり、固そうだが何で出来ているのか検討もつかない。
というか何に使うかも検討が付かない。

「っは・・・やっぱたまんねぇ・・・」

ふいに聞こえた低い男の声に、佐助はハッと箱に埋もれて見えなかったそちらを窺う。

その男を見た第一印象は、『薄気味悪い』だった。
全体的によれていて、なんだかだらしがなく生気もあまり感じられないのに、瞳は何かに取り付かれているように爛々と目の前の箱を見つめている。
背丈は自分と同じくらいだが、猫背になり、上等そうな着物の着こなしはてんでなっていない。
肌蹴られた胸元も、肩まで捲くられた袖から見える二の腕も、薄い筋肉しか付いておらずこの男が何者かを知る要素にはならない。
顔は悪くはないが、頬や顎下に散る無精ひげ、そして件の爛々と光る目が貧乏臭さと胡散臭さを感じさせる。

・・・怪しい。全体的に、怪しい。

しかしその怪しさも人間的な怪しさであり、敵か見方か、黒か白かと言われれば今の所灰色だ。
さて、どうするべきか。と佐助は幾分冷静になった頭で考える。
こんなわけの分からないモノに囲まれているのだからとりあえずは穏便にいきたいが、どうやって先ほどの音は何か、この箱は何か、お前は何者だ、とこの男に質問しようか。
佐助が壁に張り付いたままじっときっかけを探っていると、男はふぅ、と満足そうなため息を吐いて腕を回し、バキボキと首を鳴らす。
気配をよむ事は出来ないようで、ここに佐助がいるなんて微塵も思っていないくつろいだ様子だ。
はー、ふー、と幾度か深呼吸をして、一体何をするのかと佐助が壁からそっと身を乗り出させると、男はパンッと箱から飛び出ていた丸い物を手で叩いた。
瞬間、ウォン、と箱が唸り、表面についていた絵が動き始める。

『っ?!』

そしてそのまま、美しいともいえる腕の流れで男はその隣にある緑色に光る丸い部分をタン、と指先で押す。

キュィン!

どうやらあの丸を押すとあの音が鳴るらしい。
やはり神経を逆撫でするこの音は好きになれない、と思っていると、男が丸を押すと動いていた絵がピタリと止まる。
その中心には何を表しているのか分からないが、赤い模様が描いてある。

キュィン!

次の丸も、同じ音を立てまた赤い模様を揃える。
音が鳴る度に佐助の肩が僅かにピクリと揺れるのだが、本人は男の一挙一動を食い入るように見つめていてまったくそれに気が付かない。
回っている絵柄は、あと一つだ。
緑色に光を放つ丸もあと一つ。
動体視力の良い佐助の目が、くるくると回転する絵の中に男が揃えている赤い模様を難なく捕らえた。
同時に、男がその模様を揃えようと指をピクリと動かしたのも見えた。

「これで、とどめだ・・・っ」

男がそう小さく呟いたのが聞こえ、佐助は周囲にあるワケのわからないモノも、この状況を穏便に済ませようとしていた事もとりあえず横に置いて、ただ、この男にあの赤い模様を揃えさせてはなるものか、とばかりに男の背後に一足飛びに近寄って、ヒタリと首筋にクナイをあてた。
一瞬遅かったか。周囲にあの甲高い音が響き、男がねじ込むように丸を押し込むのがゆっくりと見えた。

「その指、離すなよ」

『男に赤い模様を揃わせてはいけない』と告げたのも、間違いなく『忍の勘』だった。
こいつは危険だ。この男は普通ではない。野放しにしてはいけない。このカラクリを一刻も早く、どうにかしてしまわなければいけない。
頭の端、理性では『そんなに危険は感じられないんだけど、ほらもうこいつ指なんて震えちゃってるし・・・』と思うのだが、未知との遭遇に何がなんだか分からないがこの小屋、からくり、この男、全てが危険だ、何がなんだかわからないが危険だ、と佐助の『忍の勘』が告げていた。



後日、上田城の一画に移住してきた勝利の部屋の片隅に置かれる事になるこの『南国育ち』を見ると、あの時感じた危機感はなんだったのだろう、と佐助は自分の未熟さをまじまじと実感する。

「ほら、ほら佐助、見ろ、これプレミアだ!」

勝利がからくりで遊び、幸村が鍛錬の一種としてからくりを作動させる『じてんしゃ』を漕ぎ、佐助がため息をつきながらそこにお茶を運ぶというのが日常になってきた。
未来からやって来たという彼は、未だにどうしても着物は着慣れないらしくすぐにだらしなく着崩してしまうが、身なりを整え目尻を下げて佐助を呼ぶ姿はどこかの放蕩若旦那といった風情だ。
これのどこが危険なんだか・・・俺様もまだまだ修行が足りないのかね。と苦笑をする佐助に、勝利はじり、と近寄ってくる。

「さぁすけぇ、なぁに笑ってんだよ、たく。しっかしなぁ、これがホールだったらなぁ!」

一週間に一度は聞くこの台詞ももう聞き慣れたものだ。
しかし最近、それを聞く度胸の奥からじわりと不穏な感情が湧き出てくるのには今だ慣れなく、佐助はそっとみぞおちを撫でてその気持ちに気付かないように蓋をすると、「後でそれ遊び方教えてよ。取りあえずお茶もってきたら、旦那も休憩しなって」と持っていた盆でぽくんと勝利の頭を叩く。
いて、と小さく笑い、叩かれた部分を長い指先でぽりと掻く姿が何故かかわいらしく見え、こんなオヤジ間近の男に可愛いってどうなのさ・・・と佐助は盆で自分の額も一つコツンと叩いた。

これからますます佐助の心中に勝利の存在が濃く染み付いてゆき、あの時『忍の勘』が告げた警告は間違っていなかったと気付くのは、もう少し後になってからの事である。
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