犬になる1


「お前の『心』は今まで会ったどの不死よりも強いのだな」

毒の沼の真ん中で、一人ぽつんと座り込んだ魔女が言った。

「どんな強力な呪術よりも、高等な魔法よりも、優秀な武器よりも。その『折れない心』は何よりも強い力となる。───その心、忘れるなよ」

ダークリングが浮かび不死人となった者の大概は、繰り返される生死にやがて心が砕け、思考を失い、己を亡くす。
そうなった不死達はただ呼吸をするだけの置物と化すか、または生を感じるモノに襲いかかる亡者となる。
数多の生と死を迎えたはずの少年は、しかしいつでも、いつまでも、ダークリングが浮かんだ瞳をキラキラと輝かせ、沼の魔女に懐きにくる。

「お前はわたしの一番可愛い馬鹿弟子だ。───目が覚めたらまた、来るといい」

深く被ったフードの下から薄らとした笑みを見せた魔女の言葉を、少年は無数の毒蟲にたかられ毒沼に突っ伏しながら聞いていた。
言葉は分からずとも魔女の低く優しい口調に目玉の落ちた眼孔が緩む。
爛れ爪が溶けた指先で地を掻き、腫れて潰れた喉から断末魔にもならない呻き声を上げ、少年は何万回かの死を迎えた。





それはつい先日の事だったが、記憶力もない少年はそんな事などすっかり忘れ、どこと知らぬ場所で指先すら動かす事ができない程がっちりと拘束され、激しい拷問を受け続けていた。

「アンタはね『真田の犬』になるんだよ」

少年に拷問を施している男はその最中、まるで耳に、脳に、そして心に染み込ませようとするように、ずっと何度も何度も同じ言葉を繰り返し囁き続ける。
今まで聞いたことのない響きの言葉だったが、それでもその言葉に含まれる何か、そう、嘲りや憐み、そしてなんらかの術がかかっているのを少年は感じ取ることができた。

暗くじめついた地下牢。嗅いだ事のない土地の匂い。途切れぬ痛み。ぐるぐると回る視界に、耳朶に囁かれる低いとろける声。

男から、男の発する言葉から、このわけの分からぬ場所から、少年は逃げ出したくてたまらないが、この不思議な術は拘束している少年に瞬き一つ許さない。

「・・・アンタの目・・・何回見ても不思議な目だね。キレーな『環』が浮かんでる。・・・あは、一個繰り抜いてどっかのヘンタイにでも売り払っちゃう?」

くるり、目の前で刃物が舞い、じわりじわりと瞳に近づいてくるのに、少年は震わせる事のできない喉の奥から必死に声を振り絞る。
小さな灯り取りの窓から差し込む太陽か月の光が近づく刃に反射して、少年の瞳に浮かんだダークリングを鈍く光らせる。

ピシリ、どこかで何かに罅が入る音がする。

称賛された『折れない心』は罅が入り、今にも砕け散りそうになっていた。





潰してしまおうと思った篝火に飛び込んでしまい、見た事のない場所に転送された少年は、見た事のない装備をしたおかしな術を使う奴等と戦った。
濃い、緑の匂いのする場所だった。
大きく振り回される赤い槍は炎を纏い、すばしっこく動く相手はボフンと煙に包まれた瞬間何人にも増え、倒しても倒してもキリがない。
それでも自慢の力技で押し切れるかと思ったところで再び毒の付いた刃物で傷を負った。
身軽な装備の少年は体質もあるのかどうにも毒に弱く、今までの死因の上位には毒が絡んでいた。
毒の効果自体というよりも、慌てて解毒の苔玉を口に含もうと隙を見せ、そこを突かれて致命傷を負うのがいつもの事だった。
学習できない少年は今回も苔玉を漁ろうと武器から手を離し、そこを押し倒されて拘束されそれでも暴れて抵抗していたら、最後には首の付け根に何かをされて昏倒させられた。

- 2 -
[*前] | [次#]
ページ:

トップに戻る
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -