Pets!32


同時刻、相変わらずデスクランプとワープロのモニターの灯だけがともる昼か夜かも分からぬ薄暗い松永の部屋の隅に、音も立てずに黒い影が降り立った。

「風魔か」

ほんの僅かに動いた部屋の空気に松永は顔を上げ、振り返る。
薄暗い部屋の陰になっているそこから小太郎が一歩足を踏み出すと、その腕の中からだらりと垂れた白い腕が僅かな灯りを照り返した。
力なく垂れ落ちた細く、白い腕に松永はただ一瞬瞳孔をキュウ、と縮めたが、小太郎が近づいてくるにつれて頬を桃色に染めてうっすらと微笑みながら寝息を立てているみつきの顔が見え、小さく息をつくと眉間を指先で揉み込んだ。

「・・・いや、卿がついているとはいえ多少の心配はしたのだよ。しかしどうやら杞憂だったようだね。幸せそうな寝顔だ」

落ちた腕を腹の上に乗せてやり、そのしなやかな肢体を受け取ろうとした松永だが、小太郎はみつきを抱いたまま一歩後ろへ引くとふるふると首を振る。

「・・・どうしたのかね?」

そして幾度かみつきに頬擦りをすると、松永に向かいその場に片膝を付き頭を垂れた。
ふむ、と指先で顎を撫でながらこれは一体どういう事かと松永が思案していると、しばらく押し黙っていた小太郎は、先程腹の上に乗せてやったみつきの腕、その指先を取り恭しく唇を押し当てる。
幾度も繰り返される接吻に、その指が左の薬指だと気づくと松永はハッ、と笑い声を上げた。

「ハッハ、ハ、いや、すまない、卿がみつきを憎からず思っていることは知っていたが、フフ、そうか、あの三人───『ペット』同士、好敵手が現れて呆けてはいられなくなったという事か」

松永の笑い声を聞き、垂らした頭をこくりと頷かせると小太郎は背中に手を伸ばしてビロードが貼られた小さな小箱を取り出した。
うんうん、と楽しげに頷く松永の目の前にその箱を開くと、中には小太郎が大切に嵌めている首枷と同じ型をした、プラチナの指輪が鎮座している。

「結構、結構。卿は世間には疎いと思っていたが、こんな知識はあったのだな」

松永がからかうような口調で言えば、小太郎は背中から『結婚のしきたり・マナーBOOK』『ブライダルQ&A』と題された本を数冊取り出して床に並べ、ますます笑い声を大きなものにさせた。
いつからこんな事を考え、用意していたのだろうか。
風魔を拾ってからもう数年が経つが、当初、洋服の着方さえ分からないという世間知らずだった姿を思い出し、どこか感慨深い思いすら沸いてくる。
いつまでも笑いがおさまらない松永に、小太郎は背中に指輪を戻すと再び深く頭を垂れた。
みつき本人に思いを伝える前に雇い主であり、みつきの保護者である自分に許しを得ようとする姿は前時代的だが健気で好ましく松永の目には映った。

「ハハ、いや私は一向に構わない。みつきが諾と頷けばその指輪を嵌めてやればいい─まぁ、あの性格だ。長くかかるとは思うがね」

性に奔放なみつきだ。誰か一人の者になるという心が沸くかどうかが分からない。
それにみつきの心の大半を占めるのは誰なのか、松永自身が一番よく分かっていた。

『おじさま、みつきもおじさまが誰よりも好きです!』

未だにあの幼いみつきの甘い声がありありと瞼の裏に甦る。
思いを告げる事を止めはしないが、だからと言って自分を何よりも慕ってくるかわいい甥離れをする気はまだない。
しかしそれも理解しているのだろう、小太郎はこくりと深く頷きジィ、とみつきの寝顔を見つめると松永の腕へ胸に抱えていた身体をそっと返す。

「───本当に、卿はよく出来た男だな。ああ、あの三人はどうしているかね。朝から今まで風呂も飯もまだだろう。先達の『ペット』としてこの家の事、この世の事を色々教えてやるといい」

そう言って背中を向けた松永に小太郎はまた一つ小さく頷くと、音も立てずにその場から煙のように消え去った。
次の瞬間、離れの方から騒がしげな叫び声が響き、松永はみつきを起こさないように、小さく肩を揺らしながらいつまでも楽しげに笑い続けた。
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