小太郎とみつきが消えた後、すぐに頭上の拘束具から「ピッ」と耳慣れない高い音が鳴り、どういう仕組みなのかあれほどビクともしなかった金具が外れ、数刻ぶりに三人は解放された。
御丁寧な事に部屋の入り口には暖かく濡れた手ぬぐいと良く冷えたお茶が用意されており、無警戒に手を伸ばした幸村を押さえつけながら、佐助は「ま、念の為にね」と下に敷かれたお盆までを念入りに確認し、先に喉を鳴らしながらお茶を飲み始めた元親を呆れた目でジッと見つめた後、ため息を吐いて幸村に手ぬぐいと湯のみを手渡した。
「・・・しかし、最後に風魔殿が見せたのは風のバサラではないだろうか・・・こちらの世にはバサラなど無いと松永殿が言っていた。バサラ技が使えるという事はやはりここの風魔殿も戦国の世の忍なのでは・・・」
「だな。殺気も本物だった。いやぁ、こんな訳のわからねぇ所であの『伝説の忍』に会えるたぁな!こりゃあいい体験だぜ!」
「ホントにお気楽なお方だねぇ・・・俺様まだ殺気に当てられて鳥肌消えないってのに・・・。──でもあの最後の態度が解せないな。一体何が言いたかったんだか・・・」
それぞれに汚れた体を拭い、乾いた喉に冷たく染みる茶を流し込んで人心地をついていたが、佐助の呟いた言葉に元親はきょとんと目を見張る。
「何ってテメェ・・・ありゃお前に嫉妬してたんだろうが。みつき──あの野郎、随分よがってたぜ?お前の入れた瞬間に目がトんでたしな」
名前を呼ぶだけで舌先が甘く痺れるような感覚に、元親は幾度も吸い付かれた唇を指先で撫で、ニヤリと口角を上げる。
きゅう、と隻眼を細めて舌なめずりをする姿はまさに『鬼』といった体で、先程までの拘束され、子どもじみた罵倒をしながら犯されていた様は伺えない。
「確かにありゃぁ極上の身体だったが・・・この西海の鬼が『ぺっと』呼ばわりされて黙ってられるかってんだ!次は俺が上に乗ってアイツを犬猫みてぇに鳴かせてやるぜ!ケツ洗って待ってやがれ!」
「・・・まぁご勝手に・・・にしても、嫉妬・・・嫉妬かぁ・・・あの風魔がねぇ・・・。って事は俺様『伝説の忍』に嫉妬されてるって事?これってすごくない?」
半ば自棄になってわざとらしくはしゃぎながら「ね、旦那!さっすが俺様!」と隣に座る幸村を振り返れば、凛々しい眉を顰めムッとした顔でこちらを見ていた瞳を逸らされる。
そのままフン、と鼻息を吐き「佐助、減給だ」と呟いた幸村に佐助は「はぁあ?!何それ?!」と食い掛かる。
「・・・・・・・・・ぶっ!はっはっはっは!真田も焼いてんだよ!こいつ、随分とすごい目でお前等の事見てたぜ?」
「長曾我部殿っ!」
怒ったような声を出し、相変わらず悋気を含んだ男の表情を見せる幸村に、いっそう元親の笑いは深くなる。
しばし笑った後、元親は涙の浮かんだ瞳を拭うとパン、と威勢よく腿を叩き、顔を上げた。
「よし、決めたぜ!俺は何と言われようとここに居ついて元の世に戻る方法を探す!その間に風魔もアイツ─みつきもぎゃふんと言わせてやらぁ!・・・おい真田!お前も、だろ?」
まるで戦場にでもいるような、ギラギラとした光を湛えた隻眼に見据えられ、幸村もへの字に曲げていた唇を引き締めるとグッと顎を引き、ひとつ、こくりと力強く頷く。
「みつき殿には教えて頂かねばならぬ事が山ほどあるのだ。この世の事、この世の武田の事、・・・みつき殿の事、某の──俺のこの胸に走る思いの事も・・・」
きらめく瞳を細めて遠くを見やり、ぐ、と握った拳を胸にあて、小さく呟いた幸村の声は佐助だけではなく元親の耳にも聞こえ、お互いに『こりゃ重症だな』『多分初恋なんだよね・・・』と目配せをしあう。
そしてこの二人がしばらくはここに居座ると言うのなら、佐助がどうのこうの言える立場ではない。
少々の文句と嫌味は口にしたものの、それらは先程の幸村の減給の発言と、ほんの少し前まで腕の中にいた温もりのせいでいつもよりもキレがない。
「・・・ま、帰り方が分かるまで衣食住を世話してくれるってんなら乗っからせてもらおうじゃないの。それに伝説の忍─風魔すら陥落させたその手管、たっぷり味わってから帰るのだって遅くはないってね」
しかしそんな言い訳じみた文句と二人に投げかける嫌味は建前で、本音は自分もみつきに何かを期待しているのだ、と佐助は自分の胸に疼く甘い感覚に苦笑をした。