明治END後after前






柔らかい朝日とひやっとする外気を肌に感じ、ガバッと起き上がる。
おそらく私にしては早い起床だ。今日という日を思うと胸が踊るかのようだ。ちらりと横を見ると支度をしている音次郎さんの姿が。思わず飛びつくかのように音次郎さんの元へ駆け寄る。


「音次郎さん、音次郎さん!」

「ん?お前にしては早い起床だな。どうした?」

「今日は良い肉の日です。昼お肉を食べに行きたいです。」

「……は?」


目を丸くしてこちらを見る音次郎さん。何でそんな目で此方を見るんだろう。きょとんとしていると、呆れたようにはぁーと溜め息をつかれた。

「お前が肉を愛してるのは分かるが、肉を食べたいからといって勝手にそんな日を作るのはどうかと思うぞ。………まぁ、そんなところもかわ「良い肉の日を知らないんですか!?」おいっ…芽衣落ち着け!!」

思わず叫ぶように反論する。いけない五月蝿くすると隣の人が様子を見に来てしまう。そう思い、口にチャック……は無理だから手で押さえる。

「そうだ、朝から五月蝿い奴だな。お前は。」

先刻より少しボリュームを落としてそう言うとぶつぶつ何か小声で言い始める。そんな音次郎さんをぼぉーっと見つめながら私は最大の問題に気がつく。


(……………………思えば明治時代ってそういう日ができてないよね?)


11月29日。2月9日(因みに今日と同じくらい大切な日である)が肉の日のようにこういうのは語呂合わせで出来たようなものだ。
そのような日がいつ出来たのか。私には明確な日にちは分からないが、おそらく平成に入ってからだろう。昭和の終わり頃に出来た日のもあるかもしれないが、少なくとも明治時代に作られたという可能性は零に近いだろう。

(そうだったら、音次郎さんが知らないのも当然だよね。)

うんうんと頷く。

しかし、これでは記念日を口実に肉を食せない。何とか説得しようと再び声をかける。


「あの、先刻の話ですが、確かに今日は良い肉の日なんです。」

「まだその話か。んなこと言われてもそんな日聞いたことないぞ?」

「で、でも良い肉の日なんです!ほ、ほら今日は11月29日じゃないですか。1129っていう数字を違う読み方すると『いいにく』ってなるんです!いわゆる語呂遊びの一貫ですよ!」

必死だからか途中で自分でも何を言ってるのか分からなくなっていた。

「ほーー、そんな行事があったのかー。」

「棒読みで言わないで下さいっ!」

しかし私がもし音次郎さんの立場だったら、(音次郎さんほどではないが)軽く受け流したかもしれない。

(うぅ………)

これ以上説明しようがない今、音次郎さんの顔を見ていられず、ただ俯くことしか出来ずにいた。

(良いお肉の日に食べたかったな。)

正直、現代でもそこまで一般に何かを行うような日ではない。しかしお肉好きの私にとっては特別な日であり、一人で吉野さん家の牛丼を食べに行ったものだ。

(嗚呼、吉野さん家のお肉食べたい……。)

そう思い、遠い昔のお肉の味を思いだそうとした時だった。


「……良いぞ」

「え?」

「お昼に何処か美味い肉食いに行こうと言ってんだよ。」

「えっ?良いんですか?」

…って自分から言っておいて何を言っているんだと自分に突っ込みを入れる。

「おいおい、自分から言っておいてなに言ってんだよ。」

案の定音次郎さんに指摘された。

「まぁ、基本的夜以外時間は空いているからな。別に良いぞ。」

「!」

「とは言っても、良い肉の店と言われても『いろは』ぐらいしか思いつかないが……いいか?あっそれともちゃんと調べた方がいいか?」

「いえ!『いろは』で良いです!!いえ『いろは』が良いです!!」

「はは、ったく本当にお前は肉のことになると、目の色が変わるよな。」
と言い、私の頭にぽんと手を置く。

「分かった。お昼時、置屋の前でいいか?」

「はいっ!じゃあ行ってきます!!」

そう言い、自分ってこんなに素早く動けたのかと自分で感心できるほどの速さで着替え、部屋から出る。

「あっおい!……ったくあいつ完全に朝食(あさげ)の存在を忘れてやがる」

部屋の中から音次郎さんがそう言ってるのにも気づかずに。






ぐー

(お、お腹減った。)

これで何回目だろう。昼には美味しいお肉が待っていると気分が高潮していたため、すっかり朝食を食べ忘れてしまった。
食事をきちんと食べないと使い物にならない私にとっては朝食は必要不可欠なものだ。そのため午前の後半にはふらふらな状態でこなした。

(でも……やっと食べられる。)

そう全てを終わらした私は今、約束の置屋の前で待っている。後は音次郎さんが来れば私の腹にお肉を満たすことができるのだ。

(早く来てくれないかな。)

そう思い、過去に食べた「いろは」の牛鍋の味を思い出す。

「おー、芽衣待たせたな。」

肉の甘味、

「芽衣?」

しつこくない肉の脂身、

「おい。」


そして口の中で踊る肉の丁度の良い弾力………。

「おい!芽衣!…ヨ、ヨダレでてるぞ!?」

「ほへ?」


記憶の中の肉を味わっているとき聞きなれた声が聞こえる。って……え?…よ だ れ?

「ギャー!!?何処ですか!?」

「お、落ち着け!!芽衣」

ぐぅー

またお腹の虫が虚しく鳴く。しかしそんな事には眼中に入らず、口の端に垂れているはずのヨダレを着物の裾で拭こうする……が。拭こうとする前に強い力でそれを阻止される。


「おいっ!今着物の裾で拭こうとしたな。お前は仮にも女なんだからちゃんと手拭いか…あー…えーと…そうだ!…はんかち とかないのか?」


「うっ……どっちも持っていないです。」

そう言うと音次郎さんは呆れた表情をしながら溜め息をつく。

「あのなぁ…、何度も言うがお前は女なんだから何かしら身に付けていろよ。」

といい、口の端に柔らかい感触が。見ると、朱色の手拭いが。

「本当に手間がかかる奴だなぁ、お前は」

呆れたような表情をしながらそう言う彼の声は何処か優しい。その声にドキッとなる。

「大体朝食を抜くからこんなことになったんだ、肉に浮かれすぎだぞ?」
「う゛っ…」

痛いところを突っつかれる。

(確かにそうかも知れないけど……)

「でもまぁ……心配すんな。」

拭き終わったのか、口端に布の感触が無くなり代わりに頭にぽんと手を置かれる。


「ヨダレ、そこまで酷くなかったからな。」

「っ!!あっ当たり前です!」

反論をするとはははっと笑い、頭にある手でわしゃわしゃと撫でる。

「動いて腹空かしてんだったらその分食えばいい。今日は良い肉の日なんだ。奮発してやるよ。」

奮発してやるよ
奮発してやるよ‥
奮発してやるよ…

脳内再生で自然とエコー掛かった声になる。

(か、神様だ……。)

今なら音次郎さんの背後に逆光が見える気がする。

「ほら腹減ってんだろ?早く行くぞ。」

「はっはい……。」

(意識的な意味で)現実に戻った私は音次郎さんの並んで歩いた。




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