その背 | ナノ
成長きり→土井





 いつだって大きかったその背は、いつからか俺と変わらなくなっていた。


「土井せんせーぇっ!」
 甲高く響いたあの声は、火薬委員会の一年生のものだろう。あそこは相変わらず仲がいい。先生も、忍たまたちも。……いや別に、他の委員会が仲悪いって訳じゃないが。
 目の前を元気良く走っていった空色の井桁模様が向かう先に、教師を表す黒い忍者服の土井先生がいた。
 朗らかに笑ってしゃがみ込む先生は、六年前から全然変わらない。いや、ちょっと老けたかな。先生ももう三十路だし。三十路。三十歳。……俺は、十五歳。ちょうど先生の、半分。
 そう、あれから、六年。この学園に入学してから、もうそんなに時が経つ。今走り去った彼と同じように一年生だった俺たちは最上級生になり、あと半年後には此処から旅立つのだ。一人前の、忍者として。

「きり丸!」
 突然呼ばれた自分の名にビクリとする。パッと顔を上げれば、井桁模様はもうどこにもいなくて、立ち上がった先生がこちらを見ていた。
「土井先生、こんちは」
「こんにちは。ってまあ、さっきも会ったけどな」
 苦笑めいた笑みを浮かべて応える先生に近づいて、まあそうか、と思う。土井先生はずっと俺たちの担任なのだ。今日だって、授業で既に何回か会ってる。
 近く寄って目の前に止まって、あの頃と違う距離感を強く感じた。授業のときは、何も感じなかったのに。
「何してるんだ? また乱太郎、しんべヱと待ち合わせか?」
 目を細めて笑う土井先生は、やっぱり何も変わってないように思う。変わったのは、俺のほう。高くなった目線と、この人への気持ち。
「ええ、委員会終わったら三人で遊ぼうって。多分まだ乱太郎が来てないから、迎えに行かなきゃですけど」
「はは、相変わらず仲が良いな、お前たちは。一年生の時からずーっと」
「そりゃあ俺たちですから」
 ちょっとばかり胸を張って言えば、あはははは、なんて大口を開けて笑って。
「ま、それもそうか! じゃ、お前も遅くなるとしんべヱに悪いし、またな!」
「あっ……ええ、さようなら」
 サッと手を挙げて別れを告げた先生に、少しの落胆と苦しさを覚えて、ギュッと拳を握り締めた。気持ちと裏腹に笑顔を作るのはそう難しいことじゃない。普通に笑って、去っていく先生に手を振る。
 その後ろ姿に、その背に、思うのだ。あれは、あんなに小さかっただろうか。あんなに遠かっただろうか。あんなに、恋しいものだっただろうか。
 ギリッと音を立てた拳を開いて、ぼんやりと手の平に食い込んだ爪の跡を見つめる。なんだかバカらしくなって、腕を下ろして待ち合わせの場所に急ぐ。一瞬だけ黒い忍者服が去った方向をちらりと見て、
「くそっ……」
小さく毒づいた。

 土井先生はまだ独身でいる。彼がその気になれば、結婚などすぐ出来るだろうに。そんなことを思うけれど、本当は結婚なんてしてほしくない。
 実戦は苦手だ、と教科を担当していても、本人が言ってるだけで戦地からは引く手数多なのを知っている。何かの弾みで戦に赴くこともあるだろう。
 ……土井先生が、ずっと忍術学園にいるとは限らない。それはとても不自然で、でも有り得る可能性の話。
 ずっと追いかけていた、いつだって大きかったあの背はもう、俺とたいして変わらなかった。それは俺の成長の証で。けれどそれを素直に喜べないのは、貴方がいるから。貴方との別れが、近づいていることを意味しているから。
 俺たちが共に「暮らし始めて」から、六年。ずっと、本当にずっと、一緒にいた。二十五だった貴方は三十に、十だった俺は十五になった。
 もう、期限は近づいている。
 俺は半年後、この学園を卒業する。



 了

















風呂入っててうっかりきり土井にたぎった結果がこれだよ……
成長きり→土井です。土井きりよりきり土井派。

20110627.
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