「まーなーみー起きてよー」

ベットにくるまる寝坊助な真波をゆさゆさと揺する。「んー」とか「あー」とか、言葉になっていない声をむにゃむにゃと言っている。三十分くらいこれが続いているから、いい加減私も苛々してきた。

「真波!まなっ、」
視界が真っ白になって、次に柔らかい感触が私を襲う。真波の自転車と同じ、真っ白のベットに。シーツもカバーも真っ白にした。これは真波ではなく、私のこだわりである。今のこの男はとんでもなく寝坊助で、昼から出かける約束をしているにも関わらず起きる意志もないだらしの無い男だけれど。白い自転車に乗ってしまえば、ギラギラとアツい男になる。とても自転車を愛している男になるのだ。真波の前では決して言わないけど、その姿がたまらなく格好良いと、私は思う。

「おはよう」
真波の手によってベットの中に誘われた私に向かって可愛く言う。何年経ってもこの表情にも弱い。さっきまでの苛立ちなんてなくなってしまったけれど、頬は膨らんだままである。「たこ焼きみたい」アハハと笑って啄むようなキスをされた。不意打ちにも弱いと知っている癖に。本当に真波は天然タラシだ。

「もう怒ってない?」
「…怒ってないよ」
「よかった」

布団の温かさと真波の温かさに包まれて、穏やかな気持ちへと変わる。
「テレビ棚買いに行かないの?」
「うーん、行かなきゃいけない?」
「買い物に行かないと真波の好きなキーマカレー作れない」
「それは困るなあ」
じゃあ起きなきゃね。そう言って真波はベットから出て行ってしまった。私も後に続いてすっかり冷めてしまった味噌汁を温め直す。

顔を洗ってスッキリとした真波の前に、ブーちゃんを差し出す。「ご飯の前にブーちゃんね」「ええ、せっかく温め直したのに冷えちゃうじゃん」「だいじょーぶ」ブーちゃんとは一昨日私が買ってきた豚型の貯金箱である。どちらかが約束を破ったり、当番をサボったり(真波はゴミ捨てと茶碗洗い担当で、私がそれ以外)(真波はその二つ以外満足に出来ないから)するとブーちゃんに五百円を入れることにした。ほらほら、促すと真波は渋々お金を入れる。プラスチックに反射した音がとても間抜けだった。

「うん。美味しい」
「ありがとうございます」
「キーマカレー楽しみだな」

ごちそうさまをして、いよいよ準備に取り掛かる。ブーちゃんにさっきお金を入れたからか、真波がすぐさまお茶碗を洗っていてなんだかおかしかった。私もベットを整えたり、ボサボサになった髪の毛を整えたりと忙しい。同じくらいに準備を終えて、いよいよ出発。歩いて十五分くらいに大きな電機屋さんがあるからそこに行く。真波がゆるゆると指を絡めてきて、年甲斐もなく手をつないで歩いて行くことにした。恥ずかしさももちろんあるけれど、それより真波が求めてくれたことが嬉しい。

「嬉しそうだね」
「…別に」
「あっ、エッチはしてるけど手は最近つないでないからか」
「ばかっ!」

なんやかんや話しているうちに電機屋さんに着いて、テレビ棚を決めた。帰り道にはスーパーに寄って、真波と私が好きなプリンも買った。ご機嫌な真波はなんと晩ごはんの手伝いをしてくれた。

「ねえ、真波?」
「んー?」
「本当にいいの?」
「なにが?」
「…旅行が箱根で」

真波と共に暮らし始める。出来れば、ずっと。それに当たって旅行を計画することになった。私は、真波が過ごしてきた箱根に、旅行として行きたかった。何かの用事があって、とかじゃなくて。そう言うと真波はニコリと笑って、オレはどこでもいいよ。って言ってくれた。けど、今だに私は少し申し訳なさを感じている。だって真波にとっては旅行でもなんでもない、帰省だし、旅行という距離でもないし、何よりこの前行ってきたばかりだし。

「だって行きたいんでしょ?箱根」
「うん…」
「じゃあ行こうよ。次にブーちゃんが貯まったら、次の場所を考えよう」

「オレは楽しみだよ」真波がまた笑いかけるから嬉しくて涙が出そうだった。真波とこれから過ごしていく。それは今まであったように、喧嘩も沢山していくだろう。その度に仲直りを繰り返して、日々の幸せを見つけていくのだろう。あ、喧嘩をして仲直りをしたら二人でブーちゃんにお金を入れることも提案しなきゃ。

真波の故郷に行って、今日みたいに手をつないで歩きたい。その後は色々な場所を。それが私のいちばんの夢で、多分、真波も。「もう寝ようよ」山岳が昼のように私をベットに誘った。