「ええっ」私の驚く声が教室に響き渡った。目の前に座っている新開はごつごつとした人差し指を厚い唇につけて「シー」と言った。

「別に隠してるわけじゃねェけど、こんな形でバレるのはちょっとな」
「新開、さっきの話、本当なの?」
「まぁな」

何てことだ。わざとらしく溜め息を大きく吐いた。もう一度言ってしまう。何てことだ。「まぁあいつの周りの評価も知ってるけどな」なんてサラリと言っている辺り、少しは体裁というものを考えたのであろうか。こうやって話している間も新開は携帯で文字を打っている。あまり携帯を扱わない新開だから珍しい光景だ。

「彼女?」
「委員会、長引きそうだって」
「委員会中にLINEするんじゃないよ」

「そうだなあ」のんびりと新開は応える。新開の新しい彼女はとびっきりの悪評持ちだ。今まで人気どころの部活の人気どころの男子と付き合ってきて、飽きては捨てて次の彼氏を作ってきた。それは先輩や後輩、同級生と様々で、それはそれは女子達に嫌われてきていた。私はそんな彼女に興味はなかったが、新開の彼女になったとなら、話は別だ。

「ねえ何で付き合ったの?」
「いやぁ、別に理由なんてねェよ」
「それなら断ればいいじゃん」

自分の口調が強くなってきていることがわかる。新開の大きな瞳も私をじっと見つめていて、私の心なんてきっとお見通しなんだろう。

「新開は幸せになれるの?」
「さぁ。今のところは幸せなんじゃねェかな」
「なにそれ」
「まぁ、そんなに続かないと思うけどな」

新開の言葉と同時にガラガラと扉が開いた。「隼人、お待たせ」女の子特有の甘い声を出して彼女は現れた。

「じゃあな名前。また明日」
「苗字さん、またね」
「じゃあね」

新開は恋愛にどこか冷めている。確かに私たちは卒業で、それによって遠距離恋愛になってしまうけれど、努力はそれなりに出来るだろう。新開はその努力をするのだろうか。しないだろうなあ。特別なことはせずに、今までの新開として付き合っていくだろう。そうすると、恋愛に重きを置く彼女には、耐えられないのかもしれないなあ。

ポケットで震える携帯を取り出すと、新開からのLINEが届いていた。「悠人、合格したって」「土曜日の夜にお祝いをするらしいから、名前も来るだろ?」ええ、いいのかな。家族でお祝いするんでしょ。返事を打っていると新開から電話がかかってきた。新開は面倒臭くなると電話をしてくる。

「なに?」
「名前は来るものだって悠人、思ってるぜ」
「家族団らんの中に悪いよ」
「いいって。名前は新開家公認だから」
「…じゃあお邪魔しようかな」
「久々に悠人に会えるしな」
「うるさい」

新開には幸せになってほしい。私の初恋であり、私の大好きな人のお兄ちゃんなんだから。