いつも着崩されている制服が、今日は皆しゃんとしている。胸ポケットには小さな花束、手には黒い筒。人混みを掻き分けて私は東堂を探す。どうしても、伝えたい言葉があるのだ。

東堂は予想よりも早く、あっさりと見つかった。周りには女の子ばかりで、ツーショットを順番に撮っていた。じっと見つめているとバチリと東堂と目が合った。反射的に逸らしてしまったことに後悔するよりも先に、踵を返して掻き分けてきた中に戻っていく。東堂に話したいことがあってここまで来たというのに、最後の最後まで私は本当に意気地なしだ。きっと一生この選択を後悔してしまうのだ。そう思うと足が止まりその場から動けなくなってしまった。

「やっと止まった」
凛とした声が後ろからした。この声を私は一時期いつも聞いていた。東堂と付き合っていたからだ。

付き合い始めたのは高校二年生の春。一年の時に同じクラスで、よくある、席が隣になって仲良くなり始めた。初めは東堂のことが苦手だった。イケメンでモテて、自転車部の注目株で、誰にだって態度を変えない。見ているだけでお腹いっぱいな存在だった。最後に挙げた「誰にだって態度を変えない」そういう所に惹かれたのだと思う。東堂はいつだって皆に平等だ。突いても突いても変わらない。びっくりして、そして、東堂の特別な存在が気になっていった。東堂に「巻ちゃん」の存在が現れた時は本当に焦った。だって絶対に彼女って思うじゃない。毎日毎日巻ちゃんの話を聞かされる私は胃がキリキリしてきて、巻ちゃんがストレスになっていった。もう東堂の特別になれそうな機会なんてどうでもいい。そう思った私は東堂に告白をし、なんとオッケーの返事を貰うことに。晴れて恋人同士になった私達は周りに冷やかされながらも、ゆっくりと二人の時間を積み重ねてきた。着信履歴やメールボックスに東堂の名前が増えていくことに幸せを感じていた。
別れたのは三年生の夏。お互いの目標を支えきれなかった夏。私は志望校の判定が悪く、成績が伸び悩んでいた。東堂は最後のインターハイに全てをかけていた。頑張っている東堂に私は弱音なんて吐くことが出来ず、落ちていく成績と一人で向き合うしかなかった。久しぶりの下校も何を話していいのかわからず、東堂はそんな私に気を遣っていた。東堂だって、優勝のために毎日クタクタに、倒れてしまうくらいに練習しているのに。自分が情けなくて、私はインターハイ前だというのに別れを切り出した。泣いてしまったズルい私を東堂が責めることは一切なく、「そうか」と寂しげに声を絞り出し、頭を撫でた。「支えきれなくてごめんな」ううん、それは私の台詞なのに。東堂に言わせてしまった。また情けなさが積もって涙に変わる。東堂、ごめんなさい。

「東堂」
「…久し振りだな」
「…うん」

胸が詰まる。目があつい。たった一言、交わしただけなのに。

「卒業おめでとう、て言いに来たの」
「それはお互い様だろう」
「そうだね…」

「とうどう」発し終えた後に東堂の携帯が鳴る。「すまんな」出た電話の奥で大きな声がこちらまで聞こえる。多分荒北なんだろうなと思いながら、東堂が自転車部に行かなければならないことに気付く。ああ、早く言わなければ。本当に東堂に伝えることができなくなってしまう。切り終えた東堂の袖を掴む。

「私、東堂と付き合えて嬉しかった。楽しかったよ。後悔なんて、一つもしてないよ!」
「…突然だな」
「別れたことずっと引きずってた。東堂のことをもっと支えてあげれば良かった。あの頃は自分ばっかりで、本当にごめん」
「しょうがなかったんだよ、二人とも」
「東堂…」

もう一度付き合って。そんなことは東堂の顔を見たらもう言えなかった。今度こそは東堂をしっかりと見つめて、送り出すのだ。

「ありがとう。大好きだったよ」
「オレも大好きだった。ありがとう」

消えていく東堂の背中を目に焼き付けて、私は駆け出したのだ。