▼ 狼と詐欺師
ぼーっとしていると、すぐに眠りについてしまいそうな心地よい日。こんな日はサボりにうってつけだ。
人の目が離れる掃除時間、誰にも邪魔されない場所に腰を降ろし、目を閉じた時だった。
「なんじゃ、お前さんもサボりか? 凛」
『仁王……、なんでお前……』
仁王の長い銀髪が心地よい風によって揺れる。それは、ただでさえ色気のある仁王を引き立て、凛の鼓動を少し早くさせた。
「サボりと言っておるじゃろ? この木の下は校舎からは死角やからなぁ、絶好のサボりスポットじゃ」
『あっそ。勝手にしろよ』
「お前さん、それが恋人に対しての態度かのぉ? まーくんにもう少し優しくしたらどうじゃ?」
『俺は1人が好きだ。なのに、勝手にしろと言ったあたり、かなりお前には優しい』
「相変わらず、一匹狼じゃのぉ。お前さん、友達おらんじゃろ?」
『今更だろ、その質問』
仁王はくすくすと笑って、凛の横に座った。ゆっくりと目を閉じ、2人で木の幹に体を預ける。
不思議と一人のときよりも心地よい。
仁王と出会う前は1人でないとこんな気持ちにはなれなかった。人と関わるのは好きではない。見た目で判断するような奴らと関わりたくなかった。
だが、一匹狼だった凛にただ1人近づいてきた仁王を凛は拒む事はできなかった。これもペテンだろうか。
「凛、お前さんとおると、俺は気が楽なんよ。凛はどうぜよ?」
『なんだよ、それ』
「聞きたいんじゃ。答えは分かっとるつもりなんじゃが、たまに不安になるんよ」
仁王の手が伸び、凛の頬を撫でる。暖かく、落ち着く手。
仁王は困ったように眉を下げ、笑った。
「俺、今、凛を見つけて走ってきたんよ。あんまり嬉しくてな。だが、同時に不安になった。1人でいるお前に踏み込むことに、俺は邪魔じゃないじゃろうかってな。まったく、詐欺師の名が泣くぜよ…」
珍しく情けない顔をする仁王に驚きながらも凛は目を伏せた。
自分が作り上げた人を拒絶する雰囲気に仁王は戸惑っている。だが、それは自分もだ。
仁王はその雰囲気をするりとかわして、凛の中でとても大きいものになっている。それに仁王は気づいていない。
『馬鹿な奴……』
「酷いのぉ…。これでも真剣…っ!」
仁王の言葉を遮り、凛は仁王の首に腕を回した。顔は息がかかるほど近い距離にある。突然のことに仁王は顔を赤らめ、目線をうろうろさせている。
『これだけ、俺に踏み込んで、俺の感情をめちゃくちゃにしたくせに今更不安だとか言ってんじゃねぇよ。
好きだ、愛してる、そんな言葉をやらねぇと怖いってことだろ?
女かよ、お前。
……俺はお前だけだ。他の奴らなんかと関わりたくなんかない。
これが、最後の通告。分かったか?』
仁王は呆然と話を聞いたあと、泣きそうな顔で微笑んだ。
その顔に凛は思わず顔を赤らめる。
「すまんな、凛。好いとうよ…」
『恥ずかしい奴……』
「それをいうなら凛も同じじゃろ。こんなに積極的な凛初めてじゃき」
『お前が甘ったれたこというからだ。
……なぁ、キス、しねぇの? 口、寂しいんだけど』
「へいへい。ムードのへったくれもないのぉ」
2人は深く唇を重ねた。仁王の首に回された凛の腕はより強く仁王を抱きしめた。それに応じるように仁王も凛の細い体に腕を回す。
心地よい風が2人の間に吹くと、掃除の終わりを知らせるチャイムがなった。
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