立海大附属 | ナノ


▼ モダン

「里中君、おはようございます」

『ん……、柳生か。おはよう』


まだ朝早く、自分以外は誰も居ない教室で読書をしていた凛は、上から降ってくる声に顔をあげた。


「相変わらずお早いですね。今日は何を読んでいらっしゃるんですか?」

『今日は、鏡地獄』

「おや、江戸川乱歩ですか。それは、傑作選ですね」

『あぁ。怪奇小説もなかなか面白いぞ。柳生は今、何読んでるんだ?』

「僕はこれです」


柳生が手に持った文庫本を凛の前にだす。少し古びた表紙の本には『The Murder of Roger Ackroyd』と印刷されている。


『アクロイド殺し……。アガサ・クリスティの作品だな。有名なミステリー小説』

「さすが里中君。やはり有名なものはご存知ですね」


柳生は嬉しそうに凛に笑いかける。凛は読みかけの本にしおりを挟み、隣の椅子をひいた。


『座れよ。まだしばらくは誰も来ない』

「そうですね。しばらく、お借りしましょうか」


柳生が眼鏡を掛け直し、椅子へ座った。机にアクロイド殺しの本が置かれる。


『随分読み込んでるんだな』

「えぇ。アクロイド殺しは何回読んでもアガサ・クリスティの発想の良さには驚かされます。すっかり作者に騙されてしまうのがこの作品です」

『確かにあの犯人には驚いた。トリックも本当に綺麗だからな』

「里中君もよく分かっていらっしゃいますね」

『あぁ。アガサ・クリスティは結構読んでる。有名どころだとゼロ時間へ、も好きだ』

「あれは、書き方が独特ですからね。普通のミステリーとは違う見方が出来ますよね」


それからしばらく、アガサ・クリスティについて2人は語り合った。その会話を終わらせたのは柳生の沈黙だった。
急に黙った柳生に凛は不思議そうに目線を向けた。


『柳生?どうした?』

「あぁ、すいません。……柳君も言っていましたが君は本が大好きですね」

『え、あぁ。そうだな……。好きだが、それがどうした?』

「いえ、君が楽しそうにしているのが嬉しいのですよ」


柳生が凛の頬へ手を伸ばす。繊細なものを触るように優しく撫でる。
不思議と心地良いと感じる。


『柳生……?』

「君は努力家ですからね。いつも無理をしてないか心配なんです。いつも仮面を付けた君が自分を見せてくれる事が嬉しいのです」

『……そう、か?』

「君がどんな人かは知ってるつもりですが、やはり、嬉しいですよ」

『えっと…、ありがとう」


柳生は優しく微笑むと、手をするりと離した。そして文庫本をもち、立ち上がる。


「そろそろ自分のクラスへ戻ります。また、お話しましょう」

『あ、あぁ。今度、本かすよ』

「はい、お願いします」


教室を出て行く柳生の背中に手を伸ばしそうになった。今、縋ってしまったら柳生から離れられなくなってしまいそうな気がした。

離れられなくなるのはきっと2人とも一緒だから、縋れない。



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