▼ 囚われる
「大好きやで要」
『はいはい、ありがとう侑士ー』
慣れたかのように忍足の言葉をかわす要に忍足は溜息を吐いた。
「あんなぁ……、ムードっちゅうもんがあるやろ。そこは、ちゃんと返すとこちゃうん?」
『んー? だってさー、人が一生懸命料理してんのに後ろから腹立つくらい背の高い同級生がすっぽり抱きしめてきたら腹立つだろー』
「まあまあ、そんなむくれんとき? 手が寂しくてしゃーないんよ」
『でも邪魔だし、危ないんだけど』
「要なら平気やろ。ほら続きしいや?」
『はぁ……、なに言ってんだか』
要は溜息を吐き、切りかけていた野菜に手をつけ始めた。
慣れているのか手際が良く、綺麗にみじん切りが出来上がっていく。
「んー……、あれやなぁ、要が料理しとる姿もかわええけど、やっぱり料理止めて、俺のこと構ってくれへん?」
『だめ。今日、料理当番だけどいいかって俺言ったじゃん。それでも家来るっていったのお前だろ? てか、危ないからいい加減大人しくしとけよ』
「せやけどなぁ……、じゃあ、キスしてくれたらおとなしゅうするわ」
『は?』
忍足は実にいい笑顔を浮かべている。
要は顔を真っ赤にして、何も聞こえなかったように再び野菜を切り始めた。
「なぁ、要、聞いとる?」
『聞いてない、聞かない! 火、使うから早く離して!!』
「せやから、キス、してくれたら離すって言うとるやん」
『ひゃっ!』
耳元で忍足のハスキーな声が響く。
体が震え、思わず声が上ずる。
要は自分を抱きしめる忍足の腕をぎゅっと握った。
「相変わらずかわええ声やなぁ。俺の声そんな好きなん?」
『止めてってば! もう、離してよ、侑士ぃ……』
「せやから、キス、して?」
『やだっ…、恥ずかしい……』
ずっと耳元で響く忍足の声に震えが止まらない。
そんな要を逃がさないとでも言うように忍足は強く抱きしめ、更に耳元に口を寄せる。微かに吐息がかかる。
「相変わらず、恥ずかしがり屋やなぁ……。キス、いっつもしよるやん。俺がしよるみたいにすればいいんやで?」
『なら、侑士がやればいいじゃんっ…!』
「俺は、要にして欲しいんやって。まだ一回も要からしてもらってないで? 」
『そんなことないっ……』
「そんなことあるんやって。キスのやり方、教えたやろ? ほら、やってみ?」
『嫌だって……っ!』
忍足は自分の腕の中で震える要の腕を引き、向かい合うようにさせた。
目を丸くする要は、耳まで真っ赤にさせて、忍足の顔を見つめた。
「なぁ、して? 要……」
『っ!!』
忍足は妖しく笑いながら要がキスしやすいように屈んでから、ゆっくり目を閉じた。
要はより顔を赤くして、決心したように目を強くつぶり、目の前にある忍足の唇に触れるだけのキスを落とした。
とても短いものだったが、忍足は満足したように笑い、目を開けた。
そこには、顔を真っ赤にして俯く要がいた。
「よぉ、頑張ったな。かわええキスをありがとうな?」
『うっさい……、もういいだろ……』
「ん、満足や。やけど、今度は要が好きな深いキスでもえぇんやで?」
『好きじゃないし! もう、座っといて!!』
「はいはい、かわええなぁ」
忍足は楽しそうに笑いながら、リビングに向かった。
要は唇を噛んで、料理を再開した。
キスも出来ないくらい恥ずかしがり屋なのに、逃げられなくなるその声に。
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