▼ キングの事情
紅茶の注がれたティーカップに小さく口をつける。その香りからか味からか優しく微笑むのが見えた。
湧き上がる気持ちは美しい絵画を見ているような、そんな気分だった。
こちらの視線に気づいたのかティーカップから顔を上げ、首を傾げた。
『…景吾?』
「ん? どうした…?」
『いや、なんかぼーっとしてたから。なんか考えごとか?』
優しげな笑みが自分へ向けられる。先ほどのように微笑む口元に安心する。
「いや…、気にするな。それより紅茶はどうだ? お前の好みのものを取り寄せた」
『香りも良いし、すっごい美味しい。俺のために本当にありがとう』
「ふっ…、俺様を誰だと思ってやがる。お前の恋人だぞ?このくらい当たり前だ」
『あはは、ありがとう景吾』
子供の様に笑う姿が目に焼きつく。今すぐに手を伸ばして手に入れたい。自分だけのものにしたい、そう思ってしまう。
跡部は少し目線をそらし、自分も紅茶を一口飲んだ。なぜか香りも味もよく分からない気がした。
『……景吾?』
「ん……どうした?」
『やっぱり何か考えごとか? 何かあったんなら聞くけど……」
「……お前は気にしなくていい」
『嫌だ。聞きたい。最近、ずっとそんな感じだろ? お願いだから聞かせてくれ景吾…』
さっきまで笑っていた表情に影が入る。チクリと胸が痛んだ。
すがる様な要の表情に跡部は小さく溜息を吐いた。
「お前、変な時に強気になるの止めたらどうだ? 流れに身を任せるのも良いと思うが?」
『悪いけど、俺、天の邪鬼だから』
「ちげぇだろ。お前は心配性なだけだ」
『分かってんなら教えてくれよ。 キングは恋人を不安にさせる気か?』
まっすぐ瞳を見つめれば、跡部は小さく溜息を漏らした。
「あー…、分かった分かった。俺の負けだ。まったく、俺様にこんな意見するのはお前だけだぜ?」
『恋人、だからね』
どことなく嬉しそうに言う要に跡部も思わず微笑む。
それから目を伏せてから頭をかいた。
「最近……、お前を見てると閉じ込めてしまいたくなる……」
『え……?』
「お前を見ているとまるで美しい絵画を見ている様だ。ずっとずっと俺のコレクションにしたい。そんな最低な気持ちが湧く……」
跡部の長い指が頬へ伸ばされる。ガラス細工を撫でる様なそれは震えている気がした。
「俺はお前を愛してる。誰よりも。だがそれは誰よりも歪んでいるように思える……。俺はお前を優しく愛しているか…?」
氷の様に美しい跡部の瞳に自分の姿が映る。頬に触れた指に触れ、要はふわりと笑った。
『キングらしくないなぁ…。そんなこと気にしてたのか?』
「なっ…、そんなことって俺様がどれだけ心配を……」
『景吾、俺はお前と居れて幸せだ。それは伝わってなかったか? それとも自信がない?』
テーブルに肘をつき、楽しそうに笑う要の言葉に思わず言葉をつまらせる。
『俺は幸せだ。それは景吾のおかげ。景吾と居ると初めてのことばっかりだけど、不安なんか無くていっつも楽しい。いっぱい愛を感じるよ。だから……』
要が両手で跡部の手をぎゅっと握る。それを自分の頬に寄せ、ニッコリと笑った。
『自信を持てよ。あれだけ、お前は俺様のものだ、とか言っといて今更だろ。閉じ込めてしまいたいって思うくらい愛してくれないと逆に困るなぁ』
「それとこれは……」
『俺だって!』
突然出された大声に跡部はぱっと頭を上げた。そこには顔を赤くし、むっとした要がいた。握った手にぎゅっと力が込められる。
『俺だって…、自信ない……。俺も景吾のこと愛してる。でも、景吾は人気者だから居なくなるんじゃないかって……。俺だって一人占めしたいって思うんだからな……』
「要……、お前も……」
ぷいっとそっぽを向いた要を見て、跡部はふにゃりと安心したように笑った。
「ったく、わけわかんねぇことばっかり悩みやがって、2人そろって馬鹿馬鹿しいぜ。やっぱりぐちゃぐちゃ考えるのは嫌いだ。要……」
要が握っていた手を跡部がぎゅっと握り返した。すっぽりと包み込まれた手を見て、要はきょとんとして跡部を見つめる。
「他の奴なんか目に入らない。お前を誰よりも愛している。俺だけのものだ。そして俺はお前のものだ。違うか?」
はっきりと言い放った跡部に驚きながらも要は嬉しそうに笑った。
『……ありがとう、景吾』
暫くして、2人は声をあげて笑った。
手はぎゅっと握られたままだった。
紅茶の香りが2人を包む。
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