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7月7日。雨。
要は放課後の廊下の窓からざあざあと降る雨を眺めていた。
『今年も雨……』
小さく呟いてから、手元にある絵本を見つめた。七夕の物語が描かれた絵本がどこか悲しく見えた。
「要先輩。どうしたんですか?」
『…長太郎?』
「暗い顔してますよ? …その絵本は?」
『あぁ、これは今週の幼稚園のボランティアで読もうかと思ってたんだけど……。今日雨だったから違う方がいいんじゃないかって話になって持って帰るとこ」
鳳にぱっと絵本を見せ、困ったように笑った。少し不思議そうに首を傾げた鳳は絵本を見つめた。
「どうしてダメなんですか? せっかくの七夕なのに……」
『んー…、やっぱり織姫と彦星が会えないからかなぁ。会いたいのに会えないなんて寂しいだろ?』
「確かにそうですけど……、やっぱり小さい子達も分かるんでしょうか」
『分かるんじゃないかな。あの子達は繊細だから』
絵本を腕に抱き、再び窓の外を見つめた。相変わらず、ざあざあと降る雨に苦しくなった。
『長太郎、催涙雨って知ってる?』
「催涙雨……? 」
『7月7日に降る雨を催涙雨っていうんだ。これは織姫と彦星が会えなくて流した涙だといわれてる。そう思うと、この絵本は読みたくないなぁって思ったんだ』
「要先輩……。先輩ってやっぱり優しい人ですね」
ニコッと笑う長太郎に少し驚きながら、要も笑った。
『急になんだよー。びっくりしただろー?』
「だって、先輩、その話で悲しくなっちゃったんですよね。窓を見てた先輩、すっごく寂しそうな顔をしてましたもん」
『えー、そんなにか? 』
「はい。あ、そうだ、先輩……」
『ん、なに……っ』
鳳の顔が要の目の前へ迫る。思わずぎゅっと目を瞑れば、額にリップ音とともに唇が落とされた。
『長、太郎………?』
「……俺は絶対に先輩を泣かせませんよ。そもそも離れ離れなんて俺がたえられませんし」
『……っ! もう、お前はなんでそんなことを簡単するんだよ!』
顔を真っ赤にして鳳の腕を掴んだ。鳳は要の頭を撫で、優しげな笑みを浮かべた。
「すいません。なんか、絵本を持って寂しそうにしている先輩が可愛くて」
『確かに童顔だけどそんなにじゃないだろ? うー…』
要が唇を噛み、俯くと、長太郎は困ったように笑い、要の頬を撫でた。
「すいませんってば。……雨が酷くならないうちに帰りましょう。一緒に帰ってもいいですか?」
『……俺、傘持ってないから長太郎の傘に入れてくれるならいいけど?』
「え、今日、朝から雨っ…」
『別に一緒に帰らなくてもいいけど?』
鳳の言葉を遮る要に、鳳はポカンとした後、犬が尻尾を降って喜ぶように要にぎゅっと抱きついた。
「もちろんです、要先輩!」
『ちょ、長太郎っ、くるしっ!』
ーー恋ひ恋ひてあふ夜はこよひ天の川霧立ちわたりあけずもあらなん
ーーこのゆふべふりつるあめはひこぼしのとわたる舟のかいのしづくか
七夕物語のあとに。
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