▼ 似たもの同士
『海堂? どうした?』
「……猫の鳴き声が聞こえないか?」
『鳴き声?』
薄暗くなった学校の帰り道、キョロキョロとする海堂は猫の鳴き声の主を探しているようだった。
悠も耳をすますと普通だったら聞き逃す小さい鳴き声が聞こえた。
『ほんとだ……、子猫、だよな?なんか、弱ってる? 凄いちっちゃい鳴き声……』
「あぁ。……昨日、この道で猫が車に轢かれた。もしかしたら、その子どもかもしれない……」
『えっ! だったら、昨日からずっと1人ぼっちで……』
「っ……、探すぞ」
『あぁ!』
2人は耳をすませながら、鳴き声の方へ近づいて行く。
鳴き声は、だんだん大きくなっていくが、その声は母親を求めるような鳴き声だ。
「ここか……?」
『このなかから聞こえる……。ここは……』
そこは、工事現場だった。だいぶ前に建物が崩されただけで、そのままにされている。雑草が生い茂り、ベニア板などが放置されている。
「行くぞ」
『あぁ』
2人は立ち入り禁止のテープを乗り越え、中に入った。鳴き声ははっきり聞こえるまでになっていた。
2人は自然と小走りになっていた。
「どこだ……、暗くてよくわからねぇ……」
『……ん、あっ! あのベニア板の下の隙間!』
悠の指差した先には、暗くなった外でも分かる、白い毛が見えた。
2人は走り寄り、ベニア板を持ち上げた。
そこには、母親を求め、小さな子猫が鳴いていた。
悠は子猫の側にしゃがみ込み、優しく声をかけた。
『よかったぁ……、お母さんが守るために見つからないよう、ここに隠してくれたんだな……。もう大丈夫だぞー』
悠は子猫を優しく撫でた。子猫は嬉しそうに喉を鳴らす。
『海堂! よかったな……、海堂?』
海堂は、立ったまま苦しげな顔をしていた。唇を噛み、眉間に皺を寄せている。
「そっくりだ……。親猫と……」
『え……?』
「あいつも、真っ白な毛で、撫でられるのが好きな奴だった。俺にでも近寄ってきて、喉を鳴らした……」
海堂は悠と一緒に隣に座り込み、子猫を撫でた。子猫は相変わらず嬉しそうに喉を鳴らす。
『海堂、親猫を知ってたのか……』
「……親猫は俺の目の前で轢かれた。……悪い、助けてやれなかった……」
海堂は俯き、もう一度子猫の小さな体を撫でた。その手は小さく震えている。泣いているのかもしれない。
悠はその手に自分の手を重ねた。
『海堂のせいじゃないよ。親猫もきっと感謝してる。海堂じゃないと、この子猫に気がつかなかった』
「っ……」
『海堂は優しいね。俺はそんな海堂が大好きだよ』
暫くたって、黙っていた海堂は、子猫を抱き、立ち上がった。
悠もつられて立ち上がる。
『その子、海堂の家で飼うの?』
「あぁ……、家族に相談するつもりだ」
『薫の家族なら事情を話せば絶対OKしてくれるよ!』
「あぁ。今日はすまん……、情けない所も見せた……」
『情けなくなんかないって。海堂のいい所だと俺は思うよ』
ニコッと笑う悠に海堂は少し顔を赤らめ、顔をそらした。
工事現場を抜け、普通の道を歩き始める。すると、黙っていた海堂が口を開いた。
「こいつも親猫もお前に似ている」
『え? 猫ちゃんが?』
「……俺みたいなのに懐いて、俺の側で嬉しそうに笑う。そんな奴、お前とこいつらぐらいだ」
『あはは、そういうことか。じゃあ、俺たちは得してるなぁ』
「得?」
不思議そうな顔をする海堂に悠は顔を近づけて微笑んだ。
『だって、海堂の普段と違う顔をみれるんだし。海堂が優しい奴で不器用だってところ』
「なっ! お前っ!」
『あはは、顔まっかだし。……ねぇ、海堂?』
「なんっ……!」
海堂が振り向いた瞬間、悠は触れるだけのキスをした。
何が起こったか分かっていない海堂に悠は声をあげて笑った。
「っ…!!てめっ!」
『ごめんごめん。ほら、子猫、ちゃんと持ってないと』
「あとで覚えてろよ……」
『……うん。今度は俺を抱きしめてよ』
海堂は、目を丸くしたあと、小さく笑った。
「猫に妬いてんじゃねぇよ……」
『妬いてないしー』
2人は笑いあいながら薄暗い道を歩いた。2人の笑い声に合わせるように、子猫が鳴いた。それは、親に甘えるような可愛い鳴き声だった。
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