少年少女の集大成

「降旗ー、『春過ぎて夏来にけらし白妙の』?」
「えっ? あー、えーっと……」
「降旗くん、『衣干すてふ天の香具山』です」

 俺はいったいなにをしているのだろう。

 1月初旬、冬休み明けの1日前のこと、俺たち図書委員は、ひと足はやく学校に集まっていた。理由はただひとつ、明日──3学期の始業式に、誠凛高校では各クラス代表男女ふたり組による百人一首大会が執り行われるからだ。
 黒子のクラスはなまえを聞いたことくらいはあるかも、というふたり(「黒子立候補すればよかったのに」と言ったら「はじめは図書委員の予定だったんですが、忘れられました」と言われた)。一方で隣のクラスであるC組は、俺と彼女が図書委員だという理由で代表に選ばれてしまった。
 彼女はいいのだ、百人一首が得意だから!
 しかし俺は図書委員になったのも「なんか知的なかんじがする」ってただそれだけの理由だし、もう黒子代わってくれよ! と思わず叫んでしまいたいくらいには百人一首が苦手なわけで。

 ────こうしてペアである彼女から、準備の合間にちょこちょこ問題を出してもらっているわけ、なのだけれど。黒子に手伝ってもらっても覚えられないってどういうことだろう。

「他はどうにかして私がカバーできるように頑張るけど、降旗、せめて『むすめふさほせ』は覚えておいてよ?」
「娘房帆瀬? だれそれ?」
「こっちが聞きたいよ! なにその漢字!?」
「ええっ、違う?」

 図書室の入り口に貼る予定の紙に小さく書いた文字を、彼女は自分の消しゴムでササッと消した。……そんなにいけなかっただろうか。

「降旗くん。『むすめふさほせ』というのは、百人一首の1字決まりのもののことです。『村雨の』の『む』、『住の江の』の『す』、『めぐり逢ひて』の『め』、『吹くからに』の『ふ』、『寂しさに』の『さ』、『ほととぎす』の『ほ』、『瀬をはやみ』の『せ』──あわせて『むすめふさほせ』です」
「ナニソレ!?」
「降旗って本当に中学いった……?」
「いったよ! そんなあわれむような目で見るなあああ!!」

 だってねぇ、と黒子と彼女は顔を見合わせ、ついでにそろって先生から「静かにしなさい」と怒られてしまった。ごめんなさい。
 百人一首かるた大会は、1年も2年も関係なくある。2年C組はたしかカントクとキャプテンが代表だと聞いたような、そうでないような。だとしたら怖い。

「ねぇ降旗、お願い、なんでもいいから。なんでもいいからひとつ覚えて! 辞書かなんかに和訳つきのやつあったと思うから! 気に入ったの! ふつうにね、上の句の最初の5字と、下の句の最初の5字を覚えられたらいいから! 今回は!」
「そんなこと言われてもなぁ……うーん」
「蝉丸とかどう!? 『これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬもあふ坂の関』!」
「えっ、なんて意味?」
「これが正に、東国へ旅立つ人、その人を見送って引き返す人、別れを繰り返す一方で、知っている同士も、知らぬ同士も、ここで出逢いを繰り返すという逢坂の関なのだな。……という意味です」
「あっ、なんかいいカンジ! ってそうじゃなくて!」

 なぜこのふたりはそうポンポン話ができるのか。やっぱりついていけない。
 俺は椅子に乗って、紙でつくった花を窓枠にぺたり、貼った。ひとつ、ふたつ……、なんだかこれ、キセキの世代≠ンたいな色だ。

「ね、なんか花みたいな歌ってなぁい?」
「え? 花がついた歌なら……小野小町のが、あるけど。花みたいに私の美貌も衰えた、みたいな」
「……な、なんか悲しい。ほかない、ほか」
「んー……あ、『あなたのお心は、どうだかわからないけれど、昔なじみのこの里の梅の花だけは、昔とかわりなく良いかおりで美しくさいています』って歌がある」
「それもそれでなんか切ない! 花ってなんでそんなに切ないのばっかなワケ」

 儚いものだからねぇ、と彼女はうつむきがちに笑って、俺にもうひとつ、花を渡した。これは黒子が現在進行形でせっせと作っている花だけれど、確かに大会が終われば、捨てられてしまう。

「…………私が」

 彼女がしぼり出すように。
 そういえばこの祭が終わってしまえば、もう残すところは学年末テストだけか。考えるとなんだかそれも寂しくなる。よいしょ、と若干背伸びをして、水色の花を乗っけた。

「ね、降旗、私が」
「んー?」
「私が花みたいって思う歌に、『君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな』って歌が、あるんだけど」
「おー」

 どこに花があるんだ、と首をかしげながら、彼女から花をまた受けとる。今度はオレンジ、やっとキセキの世代≠ノはない色だ。が、それにはテープがついておらず。彼女はあわてて、いけない、とテープを引っ張った。

「どういう意味か、わかる?」
「いいやまったく」

 俺に百人一首なんて聞かれても、というと、なぜか彼女はぷるぷると震えだし、べしっと俺の手にテープを貼り付ける。

「ばぁ──か!」
「はあ!?」

 そしてそのまま真っ直ぐ図書室を出ていってしまって。俺がぽかんとしていると、黒子が「降旗くんって案外鈍感なんですね」とか英語みたいなことを言っている。

「その歌の和訳を教えましょうか」

 くるり、黒子は白い花を丁寧に開いて、ふわりと花を咲かせる。そんなんだから何気にモテるんだよな、こいつ、と俺はまだテープのつけられていないそれを、黒子から渡されて。

「『あなたに逢えれば死んでも惜しくないと思っていた私の命までが、逢ったあとではいつまでも長く続いてほしいと思ったことです』────というものなんですが」

 思わずがばりと入り口を見て、呆然とする俺の背中を、黒子がぽんと優しくたたく。

「いってらっしゃい」

 とっさに足を動かした、俺の頭のなか。
 彼女のうたったそれが抜けずに、ひらひらと咲いていた。


「チョークと鉛筆」様に提出させていただきました。テーマ「行事での君」で、集大成とのことで、1年最後の楽しい行事と私が勝手に思っている「百人一首かるた大会」をセレクト。
私のなかで降旗くんのイメージカラーはオレンジだったり、するのですが。公式戦デビューおめでとう!
20130215

 

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