きみのなまえを、
「なあ、おまえって誕生日いつ?」
昼休みに突然、同じクラスの男子にそんなことを聞かれた。誕生日、反芻して、確認してからきょうの日付を答えると、目を丸くされた。
「まじ?」
「うん。そだよ。宮地ちゃんがそんなこと聞いてくるなんて珍しいね。どうして?」
「いや、なんとなく」
同じクラスになるのははじめてで、いままでは特に話したこともなかった。ただ図書委員である宮地ちゃんはまえに、小柄な私が台に乗って借りたい本を取ろうとしていたときに、取るのを手伝ってくれた。お礼にキャンディをあげて、親しくなったのはそれからだっけ。
私は、ある程度親しいひとは、男女問わず大概ちゃん≠ニ呼ぶ。
はじめて宮地ちゃんって呼んだときはなぜか爆笑されたことを覚えている。いわく、「身長が190ある男をちゃん′トびとか、おまえくらい」。
「そっかそっか、きょうなのか。知らんかった」
「えへへ、るかちゃんとかサッチーとかからももらったんだよ、プレゼント」
「人気者はよろしいこって」
「でしょー。あ、でもみんな、宮地ちゃんの誕生日は知らないよね」
宮地ちゃんは個人情報を流出しないことで有名だったりする。どうしてもバスケットで必要な身長や体重はさらっと言っちゃうけど、模試なんかでも、出席番号順に並んだらいちばん後ろの席だから、その列のデータの回収は宮地ちゃんのお仕事、背も高いから誰も盗み見ることはできないのだという。私は宮地ちゃんとは前後だけど、あんまり気にしたことなかったなぁ。
「当然だ。緑間にも教えてねぇんだから」
「緑間?」
「部活の後輩で『おは朝』信者なんだよ。星座の相性云々で、変に距離おかれるのとか、うぜぇじゃん」
「た、たいへんそうだね!」
そんなコがいたんだ、知らなかった。私はびっくりしながらそうかえす。
「あー、そうだ。ちょっと待ってろ」
「宮地ちゃん?」
いきなり立ち上がった宮地ちゃんは、そのまま教室を出ていった。なんだろう、と首をかしげながら待つこと3分、彼は帰ってきた。手になにやらパックジュースを持っている。
「はい、これ、誕プレ」
「え!? いいよ悪いよ!」
「わるかねぇよ。それ飲んで、ちったぁでかくなれ。潰すぞ」
机のうえに置かれたのは、ひとパック100円、350ミリリットルのヨーグルくん≠ニいうヨーグルトの飲料だった。
ありがとう、と受けとると、「あとこれやる」といって、手のひらにネックレスが乗せられた。きょうの日付入り、おまけに誕生石がついた見るからに高そうなネックレスだ。
「いい! 宮地ちゃんさすがにこれはいい! 超高そう!」
「むしろ頼むからもらってくれ。……俺のお古で悪いけど」
ぼそぼそと加えられたことばは、確かに私まで届いた。お古?
「中学んときに、一時期アクセ作りにはまって。今でも地味に好きでたまにやってるけど。そんときに作ったやつなんだけど、よく考えたら外でつけらんねぇんだよ、それだけは」
「なんで?」
「日付がはいってるから」
それはすぐに気づいたけど、とうなずく。どうして日付があるとダメなのか、というか前に作ったアクセを宮地ちゃんがいま持っていたのかとか、疑問ばかりが頭をもたげる。
「理由なんざ考えてみりゃすぐにわかるだろうよ。それは、おまえの誕生日だからな。おまえにプレゼント。いいか、おまえにやるんだからな。おまえのために作ったんだからな」
「う、うん……?」
「ヨーグルくんはいつかのキャンディのお礼。誕生日プレゼントは、それ。いいな?」
「おっけー、」
意味はいまいちわからないけれど、宮地ちゃんがそういうならば、納得しておこう。なんといっても、宮地ちゃんはとても頭が良いのだ。きっと私なんかには理解できない考えがあるに違いない。
「……な、」
「え?」
「俺はおまえに出逢えて、すげー幸せだなーっておもう」
「…………」
「生まれてきてくれて、……ありがとな」
…………。
ぽすん、頭を撫でられて、とたんに私の乙女モードは、全開になってしまった。いきなり泣き出した私を、宮地ちゃんは驚いたように見つめる。
「なに泣いてんだよ!?」
「だ、だって、そ、そんなこと言われたの、はじめてだったんだもん……!! わたしも、宮地ちゃ、きよしくんに出逢えて、幸せだよ……!」
「っ、」
彼はネックレスをとると、それの接続部をぷちりとはずして、私の首にかけた。「校則違反だけどな」なんて笑いつつ。
「おまえに、俺の秘密を教えてやろうか」
「え?」
「俺が生まれたのも、きょうなんだ」
ハッピーバースデイ、彼は繰り返す。
教室の、昼休みらしいざわめきが、清志くんの声をかきけしては寄せてかえす波のように、ゆらゆらと。
「教えたのおまえだけだから。内緒な」
形の良いくちびるに、長い人差し指が押し当てられる。動きに見惚れていると、こんどはその指が私のくちびるに落とされた。
唐突に彼がネックレスを持っていた理由を理解する。わかった、とかえす声は、我ながら蚊が鳴くように細くて、どうにも笑ってしまうものだった。
「お、おめでとう!」
「おー」
「私からなにかあげられないかな」
「俺に?」
「誕生日なんでしょう? もらってばかりだもん」
私からもなにかあげたい、言外に告げると、清志くんは眉間に皺を寄せ、すこし悩むような動作を含めたあとで首を横に振った。
「いいよ。それよかもっといいもん、もらえたし」
「へ?」
「こっちのハナシ」
ちり、指先でネックレスに触れてみる。こんなものを作れるだなんて、本当に器用なひとである。
「たいせつにするね」
「ったりめーだ。無下に扱ったら、パイナップルに沈めてやる」
「ぱ、パイナップル……!」
「とはいえセンセーに見つかったらやっかいだから、セーラーの下に隠しとけば見えねーよ」
昼休みが終わればそうする、と告げて、ヨーグルくんにストローを突き刺した。すこしでも背が伸びればいい。なんてったって、私と清志くんの身長差は、50センチ近くあるのだから。
「きよし、くん」
「あ?」
「きよしくん」
「んだよ。変なやつだな」
きょうは、きみと私の生まれた日。
────はじめて、きみのなまえを、呼んだ日。
「みやたん!」様に提出させていただきました。同じ誕生日というものに萌えます。みょうじ呼びからなまえ呼びに変わる瞬間が本当にすきです。
20130107
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