また大人になり損ねたや

 0時ぴったりにメールを送信する相手は、決まって背の高い、いまは離れた場所にいる歳上のおにいちゃん、だ。

『お誕生日おめでとう』

 それだけ送ると、決まって『そっちもおめでとう』という文がかえってくる。それはとても寂しいことだった。
 歳の差はみっつ。わたしが頑張って頑張ってようやく中学校にあがってもおにいちゃんは卒業しちゃって、高校でも同じで、触れられない。秋田にいるおにいちゃんとは、噂にさえなれない距離に背中合わせで立っている。
 せめて誕生日がおにいちゃんより早かったなら、2歳差の夢をみられるのにね。4歳差という地獄を見せない代わりに、夢も摘み取っていく。つまりのところ、わたしとおにいちゃんは誕生日が同じなのだ。

 身長差も50センチ以上あって、なんだかすごくすごく遠い、異世界のひとみたい。
 いやだなぁ、離れたくないなぁ。おにいちゃんはまだまだ成長期真っ只中だし。わたしだってまあ、成長期かもしれないけれど。でも、おとこのこみたいにはなれない。なれないよ。

「おい、敦から電話」

 ノックもせずに部屋に入ってきたのはわたしの実の兄で、わたしは「ありがとう」とだけいうと、おにいちゃん≠アと敦くんからの久しぶりの電話を受け取った。
 兄が出ていったあとの部屋で、受話器を耳におしあてる。

「お、でんわ、かわりました」
『ねぇ、携帯なんでみないの。何回かそっちに電話したし』

 気だるげないつものこえにちくりと胸がいたんだのもつかの間、わたしは「うそ」と携帯を探す。机のうえで携帯がはなつ小さなひかりは、たしかに電話が掛けられていたことを示すものだ。

「ご、ごめんなさい」
『んー、別にいーけどさ、ちょっといまから外に出られる?』
「そと?」
『そとー。俺公園、なーう』

 公園!?
 今はまだ10月だし、なんだって秋田にいるはずのおにいちゃんがいるの? 休みもないはずだ。わたしが口をパクパクさせていると、敦くんはおおきくあくびをひとつ。

『いまから迎えいくから、5分くらいしたら外に出てきてー』
「ええええええ!?」
『ねーちょっと、うるさい』
「ごめんなさい!」

 思わずベッドに頭を下げて、ふるふると首をふる。おにいちゃんは、『じゃあよろしくねー』とのんびりつげて電話をきる。ぶつっという効果音にあんぐりとくちをあけて、されどこんなにのんびりしている暇はないのだとわたしは慌ててクローゼットを開けた。
 パジャマから少しだけ簡単な私服にチェンジして、5分経ってたらどうしよう、携帯を片手に階段を駆け降りて、兄にひとことだけ言付けて、はしる。

「あ、ひさしぶりー」

 玄関の戸をあければ、へにゃっと。笑顔を見つけ、わたしは口許を緩めた。
 とんとんとスニーカーを鳴らして、車なんてまったく通らない住宅街のどまんなかへ。

「敦くん、なんでいるの?」

 すこし寒くなってきたね、とこえをかけるまえに尋ねてみると、敦くんはわたしを見下ろして、「なんでだろうね」とわらう。

「誕生日プレゼントおくり忘れてて、でも当日じゃねーと渡したことになんねーかなーって。新幹線で、どびゅーっと」
「……い、いったい幾らかかったの」
「ちなみに新幹線代のせいでプレゼントお菓子しかない」

 がさっ、敦くんは右手をあげて白いビニールをふる。近所のコンビニのものである。

「ごめんね」
「謝んなくていーし。別にやりたくないのにむりやりやらされたことじゃねーから。あ、ポテチ食う?」
「……いただきます」

 携帯で時間を確認すると、10月9日の0時30分だった。明日学校なのにな。わたしはポテチの包装をやぶるのに必死な敦くんを見上げた。

「ん。でけた。はい、あーんしてー。おにいちゃんからの誕生日プレゼントー」

 おにいちゃん、という言葉がつきささる。おにいちゃん、もういちど反復して、それでも背伸びをして、敦くんからのプレゼントを受けとる。せいいっぱい背伸びをしても、わたしの頭は敦くんの胸にすら届かないわけで。なんだかさらに寂しくなって、冷たい空気に吐息をまぜた。
 どうして来てくれたんだろう。遅れたって、絶対に送ったほうが楽に決まっている。数万と数千の差は、敦くんとわたしの距離と同じなのに。

「んー? どしたの?」
「う……ん、なんでもない」

 また背がのびたのではないだろうか。近づけば近づくだけ首は痛い。離れれば離れるだけ心が痛い。ぶっすりと刺されるようなきぶんだ。
 敦くんはポテチの先をくるりとまるめてゴムでとめるとそれをビニールに戻し、からだをおとして簡単にわたしのそれを持ち上げた。

「あ、つしくん?」
「見下ろすきぶんはどうだい」

 うえまでぴっしーんと腕を伸ばして、これはいわゆる高い高い≠ニいうやつではないだろうか。わたしはくちをぱくぱくとさせ、両手両足をぷらぷらさせる。

「いいもんでしょ、おにいちゃんを見下ろすってゆーのは」

 くしゃりと顔が歪むのを堪えて、笑顔をつくる。
 敦くんがほら、こんなにも優しいから、わたしはまた甘えてしまって。


 ────どんなに誕生日を迎えようとも、わたしは大人になり損ねるのだ。


慈愛とうつつ」様に提出させていただきました。
「背伸びの距離」で「また大人になり損ねたや」
妹扱いに慣れてしまって甘えつづけてしまえば、大人になんてなれない。それでもすきなんです。
というイメージで。
20121118

   

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