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真夏色の約束

 ジリジリと肌が焼ける感覚なんてものが身を包みこんでいる。私は長い坂を一気に自転車で下っていく。ハンドルだけはしっかり握って、足はぴんと伸ばして、ぐんぐんと全身で風を切る。左手には海が広がっていて、真っ青なそこを船が泳いでいる。
 港町の夏は忙しい。

「ばーちゃん、ただいまー!」

 ジブリに出てきそうなといえば偏見が踏み込むかも知れないが、すこし古い家をすとんと置いたその場所が、私の居場所だった。
 両親が外国を飛び回っている私は、田舎のばーちゃん家に居候している。夏は海がきらきらして、ひまわりがわあっと咲く、絵に描いたような美しいちいさな町だ。家の鍵を開けっぱなしにしていても危険なことはなにもない。
 私はばーちゃんからの「おかえり」をもらうと、一目散に2階に上がった。与えられた私の部屋には、課題だったり、アルバムだったり、洋服だったり。そんなものがばらりと散らばっている。
 私は網戸から流れてくる微かな風に、麦わら帽子を脱ぎながら微笑を浮かべて、入り口のベープのスイッチを入れた。ぷちりと。

「ん、んー……っ!」

 私は勉強机の前にぺたりと貼り付けたボードに飾ってある写真たちに手を伸ばした。私は手紙をポストに投函してきたばかりだった。この町の、今年≠フ景色を。8月2日に着くように、今日出した。

「返事が届きますよーにっ!!」

 手をぱちんと合わせる。
 彼は返事をしないような無礼なやつではないのだが、しかしこれは願わずにはいられない。
 手紙を気恥ずかしがる彼は、返事を電話なんかですませてしまうことが多いからだ。

 今年の夏がまた、私をとろけさせていく。




「火神、おまえ、それなに見てんの?」

 インターハイの合間の練習日、8月2日の真っ昼間の休憩時間のことだった。
彼>氛汢ホ神大我は、部活の休みに手紙を読んでいた。
 降旗は首を傾げ、彼に寄る。降旗の横にいた黒子が、ああ、とつぶやいた。

「そういえば今日、火神くん、誕生日でしたよね。お祝いの手紙ですか?」
「ゲッ、まさかロッカーにでも入ってた!? よりによって火神相手に!?」
「降旗あとで覚えとけよ」

 とは言いつつ、「べつにロッカーに入ってたもんじゃねぇけど」とも付け加える。思い当たるところがあったらしい黒子は、あぁ、と大きくうなずいた。

「火神くん、去年も手紙見てましたよね。合宿から帰った次の日」
「えっ、マジ!?」
「おめでとうございます」
「黒子それ誕生日に向けてなのかそれ以外なのかさっぱりわからねぇんだけど!」

 火神は「はぁ?」と首をかしげる。クラスの女の子に絶賛片想い中の降旗にとって、火神に彼女がいるということは由々しき問題であった──のだが、火神はそれを3秒もかからずに否定した。

「確かに女子だけど、彼女とかじゃねぇよ。親の同僚の娘で、いま中2だから、俺らとは3つ差。去年は合宿で返事遅くなったけど、今年はインターハイにも出れたし、しかも会場近いし、ちゃんと当日に受け取れた」
「いまどき手紙ってのも……なかなか」
「あいつ携帯持ってねーから。嫌いなんだと。南に住んでるくせに部屋にエアコンも扇風機もない。電卓よりそろばん。車より自転車。炊飯器より釜戸」
「釜戸!?」
「どれだったかな。お、これこれ。この写真、あいつの家の釜戸」
「いまどき釜戸!?」
「僕は好きですよ。風情があって」

 いやいや、風情とかそんな問題じゃないから、と降旗は頬をひきつらせるが、誠凛の光と影コンビはまったくそんなことはない。

「釜戸で炊いたご飯って食べてみたいですね」
「お焦げうまいよな」
「ずるいです」
「ならおまえも一緒にあいつん家行くか」
「ひとの家だって忘れてませんか」

 やれやれと苦笑しつつ、渡された釜戸の写真と一緒にまとめられているそれらを順に見ていく。旅先でちろっと見たことがあるような景色がたくさんならんでいた。

「すっげえ」
「ここらとは全然違うよな。盆休みは毎年こいつん家行くんだよ。去年も行った」
「えっ、おみやげ」
「忘れてた」

 確かに黒子の言うとおり、ずるい≠ナある。夏休みに都会に繰り出す田舎人間というのはよくある話だが、都会の人間は、そもそも田舎に関わりがなかったり、あったとしても忙しくて行けないのが常である。たとえば予備校。夏期講習という名の地獄だと漏らすクラスメイトを浮かべつつ。
 ──浮かべつつ、また写真に目を落とした。田舎町の高校生も、自分たちのように部活に勤しんでいるのだろうか。

「なあ、火神。去年もってことは、この手紙毎年届くのか?」
「ん? ああ、誕生日に。それがプレゼント」
「デジカメ……じゃないよな」
「右下に日付が印刷されてるだろ。それにあいつはデジカメ嫌いだから、いまどき珍しいフィルムカメラで、カメラ屋でわざわざ現像してもらってる」
「本当に珍しいですね。カメラ屋さんに驚かれていませんか。中学生がって」
「むしろ喜ばれてる」

 日付が確認できたほうが、俺たちにとっては都合が良いから、と言って、火神は降旗の手から写真を取った。封筒に入れて、いとおしむように蓋を折る。

「たまには、俺からも手紙書くかな」
「まさか火神くん、手紙もらっておきながら返事は電話なんですか」
「手紙って恥ずかしくねぇ?」
「そんなことありません」
「メールが一番手軽な気がするけどなあ」

 くちを挟めば、火神は「メールだけはダメだな」と言った。

「どうして?」
「毎年、会うのは盆だけ。手紙と電話はそれぞれの誕生日だけって決めてるから。そして俺の誕生日にはあいつがあいつの1年を、あいつの誕生日には俺が俺の1年を贈る。そんな約束なんだ」

 だからこれは夏の約束なんだと火神は言う。

「火神くんって、やっぱりちょっとロマンティストですよね」
「は?」
「いえ、こちらの話です」

 ゆるく笑って、黒子は汗をぬぐった。降旗もそれに倣った。そして降旗も思った。火神は何気にポエット気質だよなと。

「お盆休み、楽しんで来てください」

 火神がうなずいたところで、練習開始の笛が鳴った。


20130802 制作
20190423 改題

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2012.08.04~,2019.08.28~

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