09
少しだけしずちゃんと話した後、彼女は日向先生に用事があるそうで、結局今日はこれで解散となった。
彼女に貰ったデータファイルを見ながら帰路につく。見れば見るほどすごい人のパートナーになってしまったな、と軽くため息が出そうになった。
「七海君」
ふと名前を呼ばれ顔を上げれば、目の前には一ノ瀬さん。いつの間にか寮に着いたようだ。
「一ノ瀬さん、自主練の帰りですか?」
「いえ、私はこれからです。…静香は、一緒でないんですね」
「はい、日向先生に用事があるそうで。しずちゃんに用事だったんですか?」
「しずちゃん?……なるほど、」
一ノ瀬さんは私の持つファイルを一瞥し、私を見た。
「静香に用がある訳ではありません。七海君に、これを」
「? 何ですか?」
渡されたのは小さな袋。
「アレの相手は大変だと思いますが、実力は確かです。それは私が保証しましょう。静香をよろしくお願いします」
一ノ瀬さんはいつもより柔らかな表情でそういい、学園の方へ向かった。
「…………」
笑顔、とまではいかないけど…一ノ瀬さんのあんな表情、初めて見た。
ちょっぴり得した気分になりながら、渡された袋の中を見る。入っていたのは、一枚のディスク。何が入っているのか、気になって思わず自室に向かって駆け出した。
「クップルただいま!」
慌ただしくドアを開ければクップルのお出迎え。
「にゃあ」
優しく頭を撫でてから鞄をベッドに放り出し、ディスクをそうっと取り出す。
CDだろうか?それともDVDだろうか?
白いディスクには『真夏の太陽』とマジックで書いてあった。
曲の題名?それとも舞台の題名?
とりあえず両方に対応しているDVDプレーヤーからおはやっほーニュースのディスクを取り出し、そこにディスクをセットした。
TVの電源をつけ、クップルと一緒に画面を食い入る様に見つめる。
ディスクの中身は、一本の映画だった。
盲目の少女のひと夏の物語。
コメディの様な、シリアスの様な、とても不思議なストーリーが展開され、主人公の少女は勿論、魅力溢れる人が画面の中で生き生きと動く。役者さんたちの演技力も、本当に演技なのだろうかと思ってしまうくらい高かった。
中でも主人公の少女の演技は素晴らしかった。彼女は本当に盲目なのでは?とすら思うほどに…
でもどうして、一ノ瀬さんは私にこの映画を渡したんだろう。
その少女のお兄さん役を若い頃の日向先生が演じているくらいで(とても素晴らしい演技でした!)特に目をひく部分はなかった。とてもいい映画だったが。
「にゃあー」
「あ、クップル」
いつの間にかベッドの上に移動していたクップルが、私の鞄の匂いを嗅いでいる。そういえばお昼に食べたメロンパンの残りがあったんだけ。
「待っててクップル、今あげるからね」
ディスクをしまい、おはやっほーニュースの録画をセットする。ああ明日もHAYATO様は麗しいことだろう。
そのあとは簡単な夕食をクップルと食べて、課題曲のラフイメージを書いたのちに布団に入った。
少し時間は遡り、職員室。
「龍也さーん」
バンッと音を立ててドアを開ければ、心底嫌そうな顔をした龍也さんが目に入る。
「…都ノックをしろ、静かに入れ」
「はーい」
おそらくこれからもやらないだろうが、とりあえず返事だけはをしておこう。
「…空返事しやがって…で?なんの用だ」
「ちょっと報告を」
失礼しまーすと一言いってから職員室に入る。林檎先生以外誰も居なかった。でも林檎先生が居るならちょうどいい、春歌のことも言えるし。
「私パートナー決まりました、これ申請書です」
都静香、七海春歌と書かれた書類を龍也さんに渡す。
「ほぉ、入学から一ヶ月でパートナーを潰したお前になぁ」
「酷いなー別に潰してないって、相手が勝手に潰れただけ」
「それを潰したって言うんだ。…どれ、あぁ七海か。お前、あいつの曲気に入ってたもんな」
「なになにー?ハルちゃんの話??」
春歌の名前に反応して林檎先生もこちらにやって来た。
「ああ林檎、都のパートナーになったんだ」
「あら、ハルちゃんのパートナー?よかったわぁ!彼女だけパートナー決まってなくて心配してたの!」
「…おいおい、感想はそれだけか?お前の大事な生徒、こいつに潰されるぞ」
ビシッと指差されたのはもちろん私。失礼な、別に潰したくて潰してるんじゃない。でも林檎先生はそんなこと気にもならないようで、にっこりと笑って龍也さんと私を見た。
「そんなの大丈夫よ、ハルちゃんは潰れたりしないわ。だいたいこの程度で潰れてたらパートナーが居なくなった時点でもう潰れてるわよ」
確かに。と私と龍也さんは互いに顔を見合わせた。
「まあとにかく、せっかく出来たパートナーだ。大切にしろよ都」
ぽんぽんと頭を叩かれる。もう子供扱いだ。私はその手をどけて、龍也さんに向き直る。
「大丈夫だよ龍也さん、春歌は。絶対に潰れない」
これは自信をもって言い切れる。
「…私は絶対トキヤとデビューしなきゃならない。それを達成するのに前の子は少し力不足だっただけ」
初めてレコーディングルームで聞いた春歌の曲。
「心踊るあの旋律…必ず私のモノにしてみせる」
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