全力疾走 | ナノ
運び屋と俺
春。俺は高校3年生になった。
クラス替えもしたけど、中学からの奴らが多いし、高校の最高学年だからか、そこまで環境は変わらない。
何も変わらないと思ってた5月。俺は不思議な噂を聞いた。
“報酬を払えば、なんでも運ぶ運び屋がいる”
「運び屋?なんだそれ」
「えぇ!丸井君しらないの!?」
クラスの女子の会話に混ざると、少しずつ噂の全貌が見えて来た。運び屋、そいつは新しくこの学校に入って来た1年で、報酬はお菓子。そのあまりの仕事の速さから、ハヤブサと呼ばれることもあるとかないとか。最近はこの運び屋にラブレターを運ばせるのが立海のブームだそうだ。
…そういや、この前赤也が、『ハヤブサから手紙来たんスよ!』ってなんか嬉しそうに言ってたな。これか。
「…よし」
俺もこのブームに乗ってみるか!時代遅れはごめんだし。じゃあ、誰に何を送るか。
…あ。そういや…まだジャッカルに英和辞書返してねぇ。これだな。
えーと確か女子の話だと、運び屋への依頼方法は…"校舎裏の木の下で、叫ぶ。以上"…ゆるいな、おい。とりあえず叫ぶか。
「おーい!運び屋ー!!」
校舎裏で思いっ切り叫ぶが、返ってきたのは沈黙のみ…来ねーじゃん!
そう思ってたら、ダダダダダダダダダダ!!!!とすげー音をたてて、砂埃の塊がこっちに突進してきた。
キキーッ!!と急停止。
「はい!お待たせしました!運び屋です!!」
砂埃は俺の前で止まり、中からにっこりと笑った女が現れる。
「…お前が、運び屋?」
「はい、そうですよ。何を運びましょう?」
「へぇ…お前が…」
運び屋は俺より頭一つ分小さい女だった。まあとりあえず頼んでみるか。
「これ、3年のジャッカル桑原に運んでくれ」
「3年の桑原先輩ですね。報酬は後払いでよろしいですか?」
「ああ」
運び屋は英和辞書を受け取って、小さな手帳に何かを書き込んでいる。
「ではここにサインを」
「ここか?」
俺は手帳の“依頼人”ってとこに名前を書いた。
−−−
もの/英和辞書
依頼人/丸井ブン太
受取人/ジャッカル桑原
サイン/
−−−
なんか、宅配みたいだな。
「ではいってきます!」
運び屋はニッコリ笑って敬礼の形をとり、俺の前から消えた。
「…は、速っ」
あとに残ったのは、砂埃と俺だけだった。
「お待たせしました丸井先輩!」
「え」
校舎裏から教室に戻って来てしばらくもしないうちに、運び屋がやってきた。
「…速くね?」
「速さが自慢ですから!」
運び屋は胸をドンとはっている。
「あ、これ桑原先輩の受取サインです」
手帳を見ると、先程まで空欄だったサインの所に“桑原”と書いてあった。
「あと桑原先輩からの伝言で、“返すのがおせーよ”だそうです」
「あー」
流石に一週間借りっ放しはまずかったか。
「伝言、ありがとよ。報酬はこれな」
「………え?」
ポッキーの箱1箱あげたら、運び屋が間の抜けた声を出した。
「え、報酬ってお菓子じゃねーの?」
「え、お菓子なんですけど…こんなに頂いていいんですか」
「え、お前いつもどんくらい貰ってんの」
「え、飴玉1個とか、ポッキー1本とか」
「え、安くね?」
「え、そうですか?」
…運び屋って相当損な商売なんじゃ。つーか、いい加減“え”うざいな。
「あーでもソレやるよ」
朝練のとき幸村くんに、そろそろ自重しなよ。って言われちまったばっかだし。
「………………」
運び屋はしばらくポッキーの箱を眺めて、嬉しそうに「ありがとうございます」と言った。
「お、おう」
…あれ。礼を言うの、俺じゃね?
「ではまたのご利用をお待ちしております。丸井先輩は最優先で行わさせていただきますので!」
また敬礼の形をとり、運び屋は教室から出て行った。
…そーいや、あいつ名前何て言うんだ?