全力疾走 | ナノ
運び屋と陸上部3
「というわけで、俺部活ちょっと遅れるわ。幸村くん」
「…まあ、概ね事情は理解したけど」
5.6限の休み時間、ブン太が俺を尋ねて来た。
「それ、理由言わなきゃ引かないんじゃない?」
「…あー、まあうん。そこはなんとかするよぃ」
「まあ彼女のお陰で、ブン太が少しほっそりしてきた気もするし。うん、行っておいで」
俺がそう言えば、ブン太は自分の教室に帰って行った。
「…………」
なんかさ、
修羅場って感じだね。
一人の少女を男と女が奪い合う…うん修羅場修羅場。え?ちょっと違う?でも絵面は合ってるだろ?ならいいんだよ。
ふむ。蓮二と真田に部活任せて俺も見てこようかな、面白そうだし。
「…ふふふ」
なんやかんやで放課後。
俺と北沢は屋上に来ていた。
「…………」
「…………」
部長はまだ来てない。
屋上に呼び出す手紙は、俺が5.6限の休み時間に渡しといた。まさか運び屋の手紙を運ぶなんてな。なんか笑えるぜ。
「…………」
北沢は緊張しているのか、一点を見つめたまま動かない。
「北沢」
「は、はい!」
声をかければ、少し裏返った声が返って来た。
「これ、やる」
「え、ガム、ですか?」
「ガムにはリラックス効果があるんだぜ。まあ柳の受け売りなんだけど」
「…………」
北沢はしばらくガムを凝視し、そしてにっこりと笑った。
「ありがとうございます!」
なんか小動物みたいでかわいいんだよなー。ちっこいし。
んなことやってるうちに部長登場。あ、ガムの味なくなった。
「部活中に呼び出したんだから、いい返事が聞けるよね?」
うわー顔が完全に悪だぜ、悪。
「…あの、部長さん」
北沢が意を決したように話し出す。
「何度も尋ねて下さりありがとうございます。でも私は陸上部には入れません」
よし、言った!
「ですから、もう勧誘はやめて頂きたいと…」
北沢は言葉を選びながらぽつぽつと話している。でも声音にはしっかりとした意志が含まれていた。
…さあ、部長はどうする。
そう思って部長を見ると、腕組みをして仁王立ちしていた。
「…………」
「あの、わかって頂けましたでしょうか?」
無言で俺達を見てくるのに耐えられなかったのか、北沢がそう聞くと、部長はなっがーい溜息をつき、俺達を睨み付けた。
「わっかるわけないじゃん!じゃあ理由は何!?理由は!!よっぽどな理由があるんでしょ!?」
「そ、それは…」
あ。まずい。
「っるせーな!嫌がってんだからもうやめろよぃ!」
「丸井君は黙っててよ!部外者じゃない!」
「んだと!」
「こっちだってね!なりふり構ってらんないんだよ!!目の前に優秀な人材が居るのにそれを見過ごすなんて出来ないわ!!我が部の繁栄の為、彼女には絶対、ずぇーったい!入部してもらうから!」
「…くっ!!」
こいつ、なんて邪気…じゃなくて、なんて迫力だ!!目が軽くイってるぞ!!
「そのために手段は選ばない。…北沢さん!!」
「は、はい!!」
「貴女、5月にもなってまだ部活入ってないよね?」
「うっ!!」
「え゙!まじかよぃ!」
…いや、冷静に考えればわかったけど。じゃなきゃ毎日俺と走れねーもんな…
「この学校は何らかの部活に入ることが義務付けられてる…まあ例外はあるけど。この前貴女が先生に急かされてるの私が知らないとでも思った!?」
「…うっ!!」
「まあ私も柳君から聞いたんだけど」
お前か柳ー!!
「さあ!大人しく我が部へ入部しな!北沢!!」
「…ううっ!」
「くっ!!」
し、仕方ねー!ここは一か八かっ!!
「は、はははは!!残念だったな!!既に北沢は俺達男子テニス部のマネージャーとして内定してんだよぃ!!!」
「なっ!?!!?」
「え、えぇー!!」
よし!これで…
「そ、そんなハッタリ通じると思ってんの!?男子テニス部が女のマネージャーつけないのは有名じゃない!!」
「…っ!!」
くそ!やっぱ駄目か…!!
…いや待てよ!まだ粘ってやるぜ!
「ば、馬鹿じゃね!?いつの話してんだよぃ!んなのとっくの昔だぜ!!」
「はあ!?つかアンタさっきまで彼女が無所属なの知らなかったじゃない!!」
「あ、ああああれはお前を油断させる為のフェイクだっ!!」
「じゃあいいよ!幸村君に聞くから!!どーせハッタリなんでしょ!!」
「…っ!!」
く、くそっ!万事休す、か!?
「ううん。本当だよ」
「…え?」
「…へ?」
「…あ、」
「彼女が、我がテニス部の新しいマネージャーだ」
声のした方を見れば、幸村くんが居た。後ろにはレギュラーも居る。
…え。お前ら部活は?
「そこを気にしたら負けだよ」
…そうか、負けか。
なんか慣れて来た自分が怖ぇ…
あ。ちなみに“え”が部長で“へ”が俺で“あ”が北沢な。
「これで、信じて貰えたかな?女子陸上部の部長さん」
「う、嘘…!だってあの時、柳君が無所属だって!!」
「………………内定しているだけだ。所属はしてなかったな」
あ。柳今考えたな。
「…くっ!!いいよ!今回は引いてあげる!!北沢さん!」
「は、はいいい!!」
「私、持久戦得意だから、覚悟しといて!!」
…そう言って部長は屋上から消えた。
「ふふふ。なんか最後の台詞、戦隊モノとかの捨て台詞みたいだね」
「…あ、あのさ幸村くん、口裏合わせてくれてありがとう」
「あ、ありがとうございます」
俺に続いて北沢も頭を下げる。
「ん?ああ、別にいいよ。どうせそのつもりだったし」
「そっか、なら…………え?」
“どうせそのつもりだったし”
…え?コレその場しのぎじゃねーの?
「あ、あの、幸村先輩。私は…
「はい、これ入部届けね」
「え、いや、あの」
「君さえよければって思ってたんだ。それにあの人、どっか部活に入らなきゃ諦めないよ。入っても諦めないだろうし」
「あ…」
「君の人となりはもうわかってるし、マネージャー居ないのにも慣れてるけど、やっぱり居ると便利だからね」
「…え。幸村くん、マジで?」
「あれ?ブン太の推薦だろ?」
「いや、あれはその場の勢いで…それに北沢の意志は?」
「あ…私は…
「ああ。さっき“君さえよければ”って言ったけど、正直どうでもいいんだ。俺がそうしたいんだから」
「……………」
「……………」
It's ジャイアニズム
「じゃあ、俺達部活に戻るから。二人も早く走りなよ」
…そう言ってレギュラー達は消えた。
幸村くんと柳はともかく、他の奴ら来る必要なかったよな…?
まあそんなことより…
「わりぃ、なんかより面倒な事に巻き込んで」
「い、いえ!驚いてますが、大丈夫です」
…まあ幸村くんのあの感じじゃ、変わることないんだろうけど。
「でも私、よかったと思ってます」
「え?」
「ダイエット期間だけだと思ってましたが、まだまだ丸井先輩と走っていられるんですね!」
北沢はいつものようににっこり笑ってそう言った。
…北沢、お前…
「?」
「…ホンットに可愛いこと言うよなー!!流石俺の妹!!」
「わっ!ま、丸井先輩!髪ぐちゃぐちゃになっちゃいますよ!!」
俺より頭一つ分低い位置にある頭を撫でれば、そんな言葉が返ってくる。
「よし!じゃあ走るか!」
「はい!先輩!!」
北沢の爽やかな返事と共に、俺達は屋上を後にした。
…なんか、最後らへんは全部幸村くんに持ってたかれた気がしなくもない